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音楽レッスン帳

クラシックピアノ・ジャズピアノ・エレキギター・作曲・DTM・オーケストラ・パーカッションのレッスン日記 ♪ 姉妹サイト「ニョキリサ」もよろしくお願いします(๑˃̵ᴗ˂̵)

安宅勧進帳

能楽のたのしみ


【安宅のあらすじ】
 舞台は平安時代の源平の戦い(壇ノ浦の合戦)で、平家を滅ぼした源義経は、後白河法皇の奸計にはまり、兄源頼朝の嫌疑を受けてしまいます。そして、追い討ちをかけるように讒言によって、ついに「義経捕縛の命」が下ったのでした。都落ちした義経は弁慶など腹心の家臣を連れ、恩人・藤原秀衡を頼るべく、奥州平泉を目指して旅を続けていました。義経一行は、逢坂の関を越え、琵琶湖を渡り、海津の浦に着きます。その先の詮議の厳しさを考え、弁慶たちは山伏姿となり、主君義経は強力に変装して人目をくらます策を取ります。その話を聞きつけた頼朝は、新しい関所をもうけ偽山伏の一行を捕縛するよう命令を下します。加賀の国安宅の関もその一つで、富樫の某という者が関守を務めていました。そこに義経一行がさしかかります。

 なんとしてもこの関所を通るため、弁慶は東大寺再建の寄付を募る山伏の一行だと偽ります。しかしすでに義経一行が山伏姿であることは知られていたので、不審に思った富樫は、「東大寺の勧進僧」と名乗る一行を通すわけにはいかないと言い張ります。そこで、弁慶は「最後の勤めを」と願い出、弁慶たちが神妙に祈る姿は崇高で、人の心を打ちます。富樫はこの殊勝な心に報いようと、「東大寺の勧進聖なら、勧進帳(寺院や仏像等の建立などに必要な費用の寄付を求める際に使用した趣意書)をもっているはず」と迫ります。もとより勧進帳などあるわけなどありません。しかし弁慶は持ち合わせの巻き物を一巻取り出すと、あたかも本物の勧進帳のように朗々と読み上げます。その気迫を見て富樫は一行を信じると言いますが、念の為に山伏のいわれ、扮装、心得、そして秘術を事細かに尋ねます。弁慶はもともと三塔の遊学僧、修験道にも通じていましたので富樫の難しい問いにもよどみなく答えていきます。富樫はもう疑う余地もなく、勧進の布施物を進呈して一行を通します。これでこの関は通れる、と安堵した心を隠して一行が通過しようとすると、富樫は刀に手を掛け、強力を呼び止めます。義経に似ていると、番卒の一人が目ざとく見つけ、進言したのです。関守を殺して逃げようとする家来たちを弁慶は必死で抑え、富樫が見ている前でいきなり、「わずかな荷を重そうにして遅れてくるから疑われるのだ」と主君義経を金剛杖で打ちすえます。弁慶は断腸の思いでした。それでもなお疑いを晴らすため弁慶は、「それほどまでに疑うのなら、この強力を置いていくから納得のいくまで問い正して下さい。あるいはこの場で殺してみせましょうか?」と大賭をします。富樫はその気迫に押され、一行の通行を許します。

 安宅の関を通過した後、皆は弁慶の機転を褒め讃えます。しかし弁慶は関守を欺くためとはいえ主君を打った罪の大きさに打ち震え、頭を垂れて泣き崩れます。しかし義経は、弁慶の労を優しくねぎらうのでした。一行が腰を上げたとき、富樫が酒をもたせて現れ、無礼の詫びに一献差し上げたいというのです。弁慶は、富樫の罠か、と疑いながら、座興に延年の舞を舞い、心を許さずに暇を告げ、一向は陸奥へ落ち延びていくのでした。
 「安宅」は、時系列で物語が進む「現在能」の代表作です。主従12人が偽山伏に扮して都を逃れて行きますが、一行を束ねる役割が弁慶で、主君の義経に扮するのは子方です。歌舞伎十八番「勧進帳」のもとにもなっています。

【能と歌舞伎の比較】
 「勧進帳」は歌舞伎の演目の一つで、初代市川団十郎が1702年2月初演の「星合十二段」に取り入れたのが最初とされています。しかし、その時の台本が残っていなかったため、現在の「勧進帳」は、1840年に七代目市川団十郎が作り直し、江戸の河原崎座で初演されたものとなっています。「勧進帳」は室町時代に作られた能の「安宅」を参考にして江戸時代に作られています。この時代の差は、そのまま舞台に反映されています。
 能「安宅」は、主人公は弁慶ただ一人です。室町時代や作中の時代である鎌倉時代では、関所破りはそれほど重い罪ではなく、また幕府による御家人の統制もそれほど厳しくなかったため、関守である富樫の人物像についてあまり注目されていませんでした。また、室町時代は、人間の情というものを重要視していなかった時代と言われています。富樫は、弁慶の山伏を討てば熊野権現の仏罰があたると脅され、その迫力に押され関を通してしまうという、少々情けない男として描かれています。
 それに対し、歌舞伎「勧進帳」は江戸時代であり、関所破りは重罪です。そういう時代背景がありながら、富樫は弁慶の主君を思う心に感動し、自ら重い罪を犯してまで、義経一行を通してしまうという、情の厚い男として描かれています。また富樫は、弁慶とのやりとり、心の有り様が中心になって、主役である弁慶とともに脇役として重要な役となっています。
 この違いのため、最後に弁慶と酒を酌み交わすシーンで、能「安宅」は弁慶を疑い、隙あらば・・・と狙っているのに対し、歌舞伎「勧進帳」では、弁慶は富樫の心に感謝し、また富樫は非礼を詫びるといった人情を感じさせる場面となっています。このように能と歌舞伎の時代背景によって、解釈や表現の仕方が違うとは、本当に興味深いと思います。

【感想】
 テレビでよく拝見する狂言師、野村萬斎さんが、能「安宅」の強力役で出演されるというので楽しみにしていました。国立能楽堂は老若男女の満席で、私の席は学生席でしたが、隣に外国人留学生らしい、私と同じくらいの歳の女性が座りました。この日のために用意してきた、「安宅」の現代語訳をプリントアウトした冊子と照らし合わせながら鑑賞していると、隣の留学生が私の手元を覗きこんできたので(プリントは日本語と英語が対になって印字されていた)、一緒にプリントを読みながらお能を楽しむことができました。能楽堂には、和服姿のお客さんが目立ち、他ジャンルのコンサートとはまた違った会場の趣でした。アイの野村萬斎さんは、義経や弁慶に比べて出番はないものの、存在感はあり過ぎず、かといって薄過ぎず、とてもバランスよく演じておられました。

 本来の能「安宅」では、歌舞伎「勧進帳」とちがい、最後は義経一行と弁慶が一斉に舞台から去るのですが、今回の「安宅」では、歌舞伎「勧進帳」と同じような形式で、義経一行を先に発たせ、弁慶は主君の姿が遠ざかって見えなくなるのを見計らって、富樫に暇を告げ、一行の後を追っていくという流れをとっていました。能面をつけない直面で作り物もないのですが、狭い能舞台に、義経を先立てて弁慶以下12人の偽山伏が新関に登場するので、とても迫力がありました。一行が富樫に斬られる覚悟で最後の勤行するときの数珠をすり合わせるところや、弁慶が強力姿の義経を「果報者め!」とさんざんに打つところや、最後に富樫がお酒を持って先刻の無礼を詫びたあとの弁慶の勇敢な男舞は、繊細で豪快で理知的でとても素晴らしかったです。三読物の一つとされる勧進帳は、それ自体が謡の秘伝と言われ、鼓との絶妙なせめぎ合いが面白く気分が高揚しました。

 「寝音曲」の野村万之介さんと野村万作さんの狂言も、とても素晴らしかったです。太郎冠者が主人にお酒をついでもらって飲み干すときの、舌を上あごで「コン!」と鳴らすところでは、客席からどっと笑いが立ち上がり、その太郎冠者が次第にお酒に酔って、寝るのと起きるのが逆になってしまうところの滑稽さが笑いを誘い、とても面白かったです。




【プログラム】
第七回 青葉乃会
日時:2008年11月29日(土)14時開演
場所:国立能楽堂
1.解説:本日の演目について/増田正造 
2.仕舞:「楊貴妃」/若松健史
3.   「邯鄲」/観世銕之丞
4.狂言:「寝音曲」/太郎冠者:野村万作/主:野村万之介
5.能:「安宅 勧進帳」/シテ:武蔵坊弁慶:柴田 稔、子方:源 義経:柴田理沙、ツレ:義経の郎党:梅若晋矢/谷本健吾/安藤貴康/馬野正基/長山耕三/観世淳夫/北浪貴裕/長山桂三/ 浅見慈一、ワキ:富樫某:宝生欣哉、アイ:強力:野村萬斎、アイ:太刀持ち:高野和憲、笛:一噌仙幸、小鼓:大倉源次郎、大鼓:柿原弘和、地謡:観世銕之丞ほか、後見:浅見真州ほか


【参考文献】
・『お能の見方』著/白州正子・吉越立雄(新潮社)
・『能百番を歩く(上)』著/杉田博明・三浦隆(京都新聞出版センター)
・『能楽入門② 能の匠たち その技と名品』編/横浜能楽堂 監修/山崎有一郎(小学館)







国立能楽堂



(2008年執筆)



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[ 2012/04/17 05:50 ] 舞台 | TB(1) | CM(0)

井筒

能楽のたのしみ


 実際に能楽堂に出かけ能楽を鑑賞するなかで謡や舞、能面や装束などさまざまな点に興味を持ちましたが、今回は能の演技はどのような特徴があるのかというところに焦点を絞り、「井筒」の感想を交えながら考察していきたいと思います。


【井筒のあらすじ】
 大和長谷寺に参る僧が、今は荒れ果てた秋の在原寺に立ち寄り一人の女と出会います。女は、在原業平と紀有常の娘との筒井筒の恋物語などを語り、自分こそ有常の娘であると明かし姿を消します。夜になり僧の夢に有常の娘の霊が、生前の美しい姿で現れ、業平の形見の冠と衣装を身にまとい恋慕の舞を舞います。
 舞台には、薄のついた井筒(井戸)の作り物が置かれます。後半に有常の娘の霊が井筒を覗きこむ場面は見どころの一つです。


【能の演技について】
 演者は腰を低くし体の重心を下に置く「構え」という姿勢をとり、「すり足」という足を舞台にすりつけた歩き方をします。笑い声や泣き声はありません。悲しい時には少しうつむき(「クモル」)、もっと悲しい場合には手のひらを眼の辺りに近づけます(「シオル」)。嬉しい時には少し上を向き(「テル」)、怒りなど強い意志を表すときは、顔を強く対象物に向けます(「面(おもて)を切ル」)。
 ワキ(脇役)は現在生きている、しかも必ず男役なので能面はつけず(直面ひためん)、ある意味で観客の代理人でもありますが、ワキはどちらかと言うと座っている場面が多く、舞いを舞うことは殆どありませんが、曲によってはシテよりも大活躍して激しく動き回ることもあります。


【井筒の感想】
 今回の「井筒」では、小面(こおもて)という若い女性の面を着けていました。オレンジ色の装束で、若々しくきれいな印象をもちました。
 「昔、この国に、住む人のありけるが」で始まる曲は幼い男の子と女の子が隣同士で住んでいて、次第に恋が芽生え、将来を誓うというふたりのかわいい思い出話ですが、 「風吹けば沖つ白波龍田山、夜半には君が一人行くらん」のサシ謡は、二人が夫婦になり、夫が高安の女のところにいくことを知りながらも、妻は夫の道中の無事を祈って見送るというもので、ただ若くてかわいいだけではない、強さと優しさとを併せ持つ女を、能という最小限の表現のなかでみせなければならないのがむずかしそうだと思いました。
 「形見の直衣、身に触れて」は後半の名場面のひとつですが、囃子の手組に合わせながら、左右の袖が業平に見えてきて、身体にそっと大事にしまい込むように胸にあてます。「懐かしや、昔男に移り舞」とシオリをするところは、とても切なく感じました。 夫と愛し合った時間、苦しんだ時間、一人の女性の喜びも悲しみもすべて含み込んで、ただ静かに舞う、シンプルですが、その中に人間の一生の深さを表現するというところに、奥行きの深さを感じました。
 「井筒」は男の能役者が紀有常の娘という女に扮し、その女が業平の形見、初冠や男長絹を着け業平になろうとします。男装した井筒の女は井戸の中にその面影を見て永遠の一瞬を悟ります。男の役者が女に扮し、そんな女の哀れを男の肉体の動きで表現するという作り方をしていますが、能のおもしろいところのひとつだと思いました。  
 このように「井筒」という曲は、井筒の女の業平に対するひたむきな愛、堪え忍び、ひたすら待つ女の純粋な愛を、余分なものをすべて削ぎ落とし、女性の心の襞という核心部分だけで訴えるという極めてシンプルで完成度の高い作品だと感じました。 待つことの精神的な辛さ、そして年を重ねるという時間の喪失感、その二重苦の時間の流れこそが、井筒の女のテーマといえるでしょう。


【プログラム】
平成20年11月9日(日)12:30開演
金春会定期能 国立能楽堂
能「井筒」
狂言「鱸包丁」
能「三井寺」
能「融-しゃくの舞」
附祝言




国立能楽堂

(2008年執筆)



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[ 2012/04/16 16:22 ] 舞台 | TB(1) | CM(0)
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