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音楽レッスン帳

クラシックピアノ・ジャズピアノ・エレキギター・作曲・DTM・オーケストラ・パーカッションのレッスン日記 ♪ 姉妹サイト「ニョキリサ」もよろしくお願いします(๑˃̵ᴗ˂̵)

パウル・クレー展


 先日、オーケストラの先輩と、兵庫県立美術館で開催中のパウル・クレー展に行ってきました。



パウル・クレー展ポスター


 クレーの両親はともに音楽家だったということで、絵画にも音楽的な要素や記号が散りばめられ、子供の落書きのようなものもあれば、キャンバスの裏にまた違う絵を描いていたり、いろいろな画法を凝らした実験的でもあり遊び心もある作品群に、驚かされたり愉快になりました。
 色使いもやはり斬新で、一見合わないようなのに、全体を観るとぴったり調和していて、すごいなあと二人で唸りながら鑑賞し、とても楽しかったです。

 クレーの絵と谷川俊太郎の詩が添えられた詩画集を 2 冊買いました。
 とても素敵な世界が繰り広げられ時間がゆっくり流れます。
 おすすめです!


 



 その後、オーケストラの練習のため、大阪の教会まで車に乗せていただきました。
 その車中で先輩の手作りの芋もちをご馳走になりました。
 もちもちしていて、とてもおいしかったです。
 作り方を教わったので、今度作ってみようと思います。





 

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[ 2015/10/18 22:40 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

フェルディナント・ホドラー展



 先日、日本スイス国交樹立 150 周年記念 「フェルディナント・ホドラー展」 へ、オーケストラの先輩と行ってきました。

ホドラー展チラシ1 
 

 絵のひとつひとつを間近で観ると荒目のタッチと大胆な色使い、背景は抽象的に描くことで、主題を引き立たせる手法が多くみられました。
太めの輪郭線で躍動感と静寂性が共存し、一見不釣り合いに思える色彩が全体を観ると素晴らしく調和していて感嘆しました。




 私のお気に入りのひとつ、面白い形の雲が水面にも映し出されほのぼのとした絵です。

《シェーブルから見たレマン湖》
《シェーブルから見たレマン湖》





 展示内容



 鑑賞後、館内の喫茶店で先輩と遅めのランチでベーグルをいただきました。
 お互いの近況を歓談し、素敵な一日となりました。

 今秋の定期演奏会のチラシとチケットとプログラムに添える絵を依頼されました。
 ホドラーから刺激を受けたので、これから構想を練っていきたいと思います。



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[ 2015/04/08 08:21 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

だまし絵 Ⅱ

だまし絵 Ⅱ


今日は、オーケストラの先輩と兵庫県立美術館へだまし絵を観に行きました。
先輩と絵画観賞するのは三回目♪
イアホンでガイドを聞きながら、トロンプルイユ(仏語で「目をだます」の意)の世界に引き込まれ、驚嘆の連続でした。
なかでもジュゼッペ・アルチンボルドの遊びとセンスに感動し、今回展示されていない他の作品も観てみたいと思いました。

観賞後は美術館内のレストランで先輩に食事をご馳走になりながら、近況の談笑ができて楽しかったです。




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[ 2014/12/06 20:54 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

デュフィ展

The Blue Mozart

A Tribute to Claude Debussy


 先月、オーケストラの先輩とあべのハルカス美術館へ出掛け、デュフィ展 を鑑賞しました。

 色鮮やかな楽器の美しい絵がたくさんあり、とてもしあわせな気持ちになりました♪


あべのべあカプチーノ

あべのべあカプチーノ、かわいくておいしかった!
大好きな先輩といろんな話ができて楽しかった♪




あべのハルカス美術館

9 月14 日、あべのハルカス美術館にて










 

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[ 2014/10/29 09:17 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

エッシャー 100 選


エッシャー 100 選

 先日、オーケストラの先輩と、明石市立文化博物館へ ”エッシャー 100 選” に行きました。
 M.C. エッシャー (1898-1972) はオランダを代表する版画家です。
 モノクロがほとんどですが、作品により色彩が取り入れられ、細密な構想とユニークな発想に感嘆の連続でした。
 鳥がいつの間にか魚になっていたり、反転させると逆方向に動いていたり、現実と幻想が同時に描かれていたり・・・、「物事は表裏一体である」とか、「私たちが見ているものは錯覚かもしれない」だとか、「違った視点から考えよ」などのメッセージを感じ、自分の考え方や捉え方を顧みてみようという気持ちになりました。
 とても楽しいひとときでした。


エッシャー

 この絵のポスターを購入し、枕元に飾っています。
 まだ夢に出てきてくれません・・・。 





 神戸・垂水にあるマル井パンで漬物ドッグを買ってみました。
 さっぱりとして2 本は軽く平らげてしまうくらいおいしかったです。
 お腹がすいていたので、先輩と外で頬張りながら、とても楽しくいただきました♪

漬物ドッグ






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[ 2014/08/31 19:54 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

現代アートいろいろ2/2

ジェニー・ホルツァー 「自明の理」


【概 要】
 1977年にニューヨークに渡ったホルツァーは、ホイットニー美術館の本を20数冊与えたことが転機となり、あらゆる分野の本を読む中で感じた文章をノートに書き留めていく。その言葉を壁やレシート、電灯掲示板などに打ち込み、さまざまな人々に問いかけ続ける。

【考 察】
 公共の建物や乗り物の中など都市に寄生されたホルツァーの言葉に、ある日突然遭遇されられてしまう。双方のタイミングによって何かが生じる、またはその人その人の心の在りようによっても受け取り方が異なっていくというところが面白い。




memo


JENNY HOLZER(1950~アメリカ オハイオ州生まれ)ジェニー・ホルツァー
「自明の理」シリーズ
先祖はドイツ
文芸系
デューク大学→シカゴ大学で美術の基礎→オハイオ大学→抽象画
1977年ニューヨークに渡りホイットニー美術館の本を与えられ読む 20数冊
インデペンデント・スタディ・プログラム 自主
アフォリズム
光っている一文を書き出していく
何十冊にもなった
ふつうはこやしとして勉強するがホルツァーはことばを食べて吐き出していく
「ベニス・ビエンナーレ」で世界一
タイムズ・スクエアで電光掲示板
歴史・思想・哲学・社会学・心理学・自然科学・言語学・倫理学など
自分が納得いく言葉を選ぶ
感じた文章を自分の文体に直してノートにすることをはじめた
文章を食べて吐き出す
いろいろな言葉を金属やタトゥ、家の壁、電灯掲示板(サンフランシスコでの野球)などにうちこむ
いろんな人をまきこんでいく
タイミング
自分と本との関係性から自分の立ち位置を明確にするために
都市に寄生させる
遭遇させてしまう
アートとは所詮、アイノリティ(少数派)非力だが無力ではない
電灯掲示板(サンフランシスコでの野球)
「You must have one grand passion.」
あなたはひとつくらい強烈な情熱をもつべきである
アウトプットは本だけではない
印刷物は一部の人しか読まれない
誰にも相手にされなくても問いかけ続ける
「自明の理」シリーズ 当たり前のことわり
CDショップのレシートの裏
著書「PROTECT ME FROM WHAT I WANT ことばの森で」淡交社
介入・出会い頭・寄生する・予期しない出会い・遭遇させてしまう
水戸美術館に1994年来日 「ことばの森で」
水戸での電車 サラリーマン向けのメッセージが多かった
次長は新聞 課長と平社員
「あなたは自らがさだめた法則の犠牲者である」
「自らが感じること以外意味がない」
美術館にいかないひとへも問いかける
アートと社会との関係
自分を疑う
「いやなことがなくなればいいと願うだけでは問題の解決にならない」
「権力の乱用はおどろくにあたいしない」
「ひとつの出来事にも無数の解釈があるものだ」
「狂気におちいることによって狂気のなんたるかを理解できる」
繊細な感覚・鋭いまなざし
誰もがわかるメッセージではなく、パーソナルな問いかけ
自分との関係性

詩人 吉増剛造よしますごうぞう
   谷川俊太郎
映画監督 タルコフスキー

淡交社 おのようこ のきれいな本がある







lineline


クシュシトフ・ウディチコ 「パブリック・プロゼクション」


【概 要】
 第二次世界大戦によりユダヤ系である母方の親戚を全員殺されたウディチコは、当然の如く差別や戦争、暴力に敏感になっていく。彼の表現手法は、大きなプロジェクターで建物に映像を映すというもの。1999年にヒロシマショウを受賞した。

【考 察】
 広島の原爆ドームの前の川の護岸に、インタビューした被爆者の手のみを映し、スピーカーからはその被爆者の声が流れる。ドームに直接映像は映せないというウディチコの想い。おどろおどろしい印象ばかりの広島を、彼は美しく表現したのである。




memo


クシュシトフ・ウディチコ(1943~ポーランド ワルシャワ生まれ)
「パブリック・プロゼクション」
映像系
ユダヤ系の母 親戚全員殺される 第二次世界大戦
母は戦争と人種差別の被害者である
「美術手帳1993年8月号」
パブリック・アート公共美術を特集
寺山修二
クシュシトフ・ウディチコは自分自身のことを
「私は写真家であり、工業デザイナーであり、メディアアーティストであり、評論家であり、理論家であり、歴史学者であり、哲学者であり、政治家であり、そして、そのどれでもない」
マサチューセッツ工科(MIT)大学教授 視覚芸術研究所
大きなプロジェクターで映す
パブリック・プロジェクション
建物に映す
京都国立近代美術館に作品がある
差別・戦争・暴力に敏感
99年ヒロシマショウを受賞
世界で唯一の被爆国広島
自分でフィールドワーク
原爆ドームの前の川の護岸に、インタビューしスタジオで録音した被爆者の手だけを映す
スピーカーからは同時にその被爆者の声
原爆ドームじたいにはうつせない 下に手だけ
手は口ほどに物をいう
手だけがコンクーリートに映し出される
広島はおどろおどろしいだけではなく、美しいことでも表現できる

初台ICC
オペラシティ






***
ヤン・フート
ヤン・フート ベルギーのゲント市
ゲント市立美術館の館長
ドイツのカッセルの町でドクメンタ9(ナイン)の総合ディレクター
世界のキュレーター
A「水の波紋」
1995年日本ではじめての試み
渋谷 ワタリリウム美術館
館長 わたり しずこ
キュレーター わたり こういち(息子)
東京青山界隈 原宿の町全体に

蔡國強 原宿幼稚園と墓を竹の橋でむすんだり
 
マイケル・ロス 小さな詩「月は片側からしか見えない」マルチプル(ルーペ150円を買う)電柱 原宿ラフォーレ ルーペでしか見えない詩
宮島達男
デジタルカウンター
まろあかじ
「10 9 8 7 6・・・」いろいろな言語 30人くらい 数字を30ヶ国語

原美術館
森美術館 森ビル
柿の木プロジェクト


B「シャンブルダミ」(友達の部屋)
町の中に作品をちりばめる
世界で初めての指標
ホワイトキューブ以外でも成立できる さきがけをやったひと
場の力 場の記憶
影響されてギャラリーがホテルを借りて美術館やる
ベルギー54件の一般の家が契約
2か月くらい応接間(リビング)に作家の作品が並ぶ
リビングの壁 カーテン 出窓
チケット・注文書・地図を渡される

著書「アートはまだ始まったばかりだ」ヤン・フート




***


lineline


アンジェル・ヴェルガーラ・サンチアーゴ 「メモリー/ドリーム」


【概 要】
 東京、表参道のスタイリッシュなカフェのなかに屋台のカフェを設え、メニューにはドリンクの他に、「Memory \5,000」「Dream \50,000」と書かれている。前者は、お客さんに美しい思い出を語ってもらい、それをサンチアーゴがその場で絵にするというもので、後者は、彼がお客さんにふさわしいと思う場所へ連れていき未来について語り合うというもの。

【考 察】
 送り手と受け手との壁を超え、ゆったり流れる時間の中で幸せを共に分かち合うという穏やかな情景が目に浮かぶようである。


memo


ANGEL VERQRA SANTIAGO(ベルギー アンジェル・ヴェルガーラ・サンチアーゴ)「メモリー/ドリーム」
ベルギー在住
表参道 青山 ワコールがやっているスパイラルホール
スタイリッシュなカフェのなかに屋台のカフェをつくった
手書きメニュー
コーヒー \500
ティー \500
ジュース \600
Memory \5,000
Dream \50,000

メモリー
美しい記憶を世界中まわってコレクションする
一期一会
お客さんに美しい思い出を語ってもらいそれをその場で絵にする

ドリーム
サンチアーゴがお客さんにあった場所に連れていく
未来について語り合う
数時間店を留守にする
興味深い東京のいくつかの場所を前もって見つけていた
ヴェルガーラ自身も美しい想いでをきけて幸せ
送り手と受け手のかべをこえて共に感じる


lineline


正木マサコ他 「アートキャバレー“ラブ・イン・パラダイス”」


【概 要】
 キャバレーという形式をつかって、お客さんと作家(アートホステス&アートホスト)がコミュニケーションし、感じ、発した言葉、考え、行動までも作品にしてしまう試み。

【考 察】
 フライヤーの中のお客さんとホストの心理描写や、推薦のふたりの言葉に垣間見る切なさもアクセントになって興味深い。


memo


アートキャバレー
ラブ・イン・パラダイス LOVE IN PARADISE 2000/12/24~12/31

正木マサコ他
大阪造形センター
パンフレット(フライアー)ローズヘブン 透ける空にエロティックなバラ
オーゼットシーン
アートホスト・アートホステス
企画概要コンセプト
「風俗産業はある種冷やかな目で見てしまう側面もあるが、いつの世も栄え、楽しみたい、話をしたい、聞きたい、聞いてもらいたい、安らぎたい…などいろいろな欲の穴を埋めるコミュニケーションの源である。そんなキャバレーという形式をつかって、お客様とアーティスト(ホステス&ホスト)がコミュニケーションし、感じ、発した言葉、考え、行動までも作品にしてしまう試み…
ていうか…
略。」
欲の穴という言葉で ひっかかる 重要な言葉をひとついれると効果的
キャバレーのシステム
お客様とホストの心理描写

推薦のふたり
一人 46歳公務員
「ワカリニクイワタシヲ ワカッテホシイ ワカリニクイアナタヲ ワカリタイ ホントウハ ワタシ ワカリヤスイヨ ワカリニクイガ ワカリヤスイ キミガイトオシイ」

二人 28歳造園業
「芸術家ぶってるアートはもういらんやん。もうええやん。だからな、単純にな「観てきいてしゃべって飲んだり食べたりしようや」ていうことを言いたいねんやろ?オレいくで!」

アートの閉塞感というもの
キャバレーという形式をつかった
深く入っていける
もっとリラックスしていろんな人に見てもらいたいし自分もリラックスしてやりたい
しゃべっていると自分の考えがクリアになってくる


***
高円寺 プロジェクト名「岡画郎」
岡 啓輔(おか けいすけ) 一級建築士
一連の作品
12年くらいまえのもの
「ビルの中アパート」月6万の家賃を300円で貸す
一畳の部屋
道端にあるチープな双眼鏡
メッセージ
外泊不可
道行くひとを楽しませる
住民も作品の一部
私生活が丸見え
プライバシーをみることは本来タブー
侵犯をアートでゆさぶっていく
「合格発表」
私的―公共
見るものと見られるもの
※不特定多数の人と共同製作する
※道と窓との関係を面白くしたい
窓とはプライバシーとパブリックを隔てる皮膜のような感じ
自分自身がメディア
生活空間そのものがアートになる
見られることを楽しんでいる住人
***



(2009年執筆)


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[ 2012/04/15 18:04 ] 美術 | TB(1) | CM(0)

現代アートいろいろ1/2

地平線プロジェクト(福島県いわき市)<1993年7月~1994年3月>

【概 要】
 蔡 國強の基本コンセプト「この地で作品を育てる」「ここから宇宙と対話する」「ここの人々と一緒に時代の物語を作る」をもとに、小名浜海岸の海上に5キロメートルの導火線を設置し、光による地平線を描く100秒間のサイトスペシフィック・アートを、いわき市民等と共同制作するプロジェクト。

【考 察】
 アーティスト・イン・レジテンスとして、蔡 國強はいわき市に100日間住み、いわき市民と共同作業する中で、時には市民に委ねながら、また、自然を共有する日々を通して徐々に市民からの信頼を得ていくプロセスが良いと思う。なにもないことの素晴らしさ、太陽や光、海、空気、砂浜の美しさに魅せられた彼は、海上に導火線をインスタレーションし点火するという彼独自の表現空間を、市民と協力しながら創造していく。長く仕事から退いていた船大工や、現代美術に触れたことのない市民達の表情が輝いてみえる。5000人の観衆と歓声の中、「私に乾杯じゃなくて、いわきに乾杯」という彼の言葉が印象的である。 



memo

地平線プロジェクト 福島県いわき市 1993年←アートプロジェクトのはしり
蔡 国強 中国人 36歳 

アトリエ=いわきの自然
太陽 光 海 空気 砂浜の美しさ
廃船を掘り起こし館内で組み立てる
海での野外芸術
火薬の爆発
人間と自然は一体になる
地元の協力が作品のひとつ
みんなと一緒に作品をつくるコンセプト
共同作業
現代美術に触れたことのない住民30名が参加
船大工
廃船の掘り起こしから4か月 復元 美術館で展示

午後6時半 導火線
100秒間の芸術
5000m配線
300人参加
40~50人のスタッフ
5000人聴衆
人の善意とエネルギー
インスタレーション 設置
表現空間が生まれる

蔡さんの基本コンセプト
・この地で作品を育てる
・ここから宇宙と対話する
・ここの人々と一緒に時代の物語を作る

大規模
万里の長城
環太平洋シリーズ14 キャリアアップ
野望

サイトスペシフィック
特定の場でないと成立しないアート

アーティスト・イン・レジテンス(滞在)
100日間滞在
市民になるところからはじめた→信頼を得る
フィールドワーク
20㌔㍍の海岸線 まれびと
共有しやすかった
失敗してもプロセス重視
結果よりも作業そのものがアート

イベント
 集まればいい
 盛り上がればいい


アート
 あとからいろいろ気づくことがある
 ネットワークができる

100日間住んだ結果そうしたい
個人がみたい

相互触発
「私に乾杯じゃなくて、いわきに乾杯」
「みなさんのアシスタントになってしまう」
「わたしがボランティアになってしまう」

私が私がではない
地元にゆだねる
地元のひと「人のエネルギー・善意を感じることができた」
近代的自我
いわき市の何もないことが素晴らしい
美しい海岸線・地平線

作る時点からの「相互触発」

クリスト 布で島を覆ってしまうアーティスト
ジャンヌ・クロード






lineline



コールマイン田川(福岡県田川市)<1996年~2006年>

【概 要】
 炭住で生まれ育った川俣 正が20人のボランティア等と共に、炭鉱の町、田川市から無償で2000平方メートルの土地を貸与された10年間という年月をかけて、炭鉱について考え、想いを馳せながら30~40mの鉄塔を建てるプロジェクト。

【考 察】
 仮設建築物が並び、町全体がインスタレーションである炭鉱の町、田川という場所に、作品を残すことを前提に創るのではなく、「一緒にひとつのものを創っていく時間こそが作品である」という川俣 正は、そのアクチュアリティの一貫とした信念に、私は興味を抱いた。ビジョンを持つということは、同時にあらゆる可能性を諦めるということでもあるが、彼は、その時々の「今」をどのように感じているかを内外に向けて問い続け、次から次へと生まれる可能性をひとつひとつ試みていくというまわりみちを繰り返す。そこには、この土地ならではのストーリーと、この土地に住む人々との交流と、この土地と鉄塔との関係性が根底にある。結局、鉄塔は建たなかったが、10年をかけて一瞬一瞬を燃焼し続けようとする彼のアートは、人の一生そのものであり、本来の自然体を想起させる。 



memo


福岡県 川俣 正かわまた ただし
1996~2006
ビデオ撮影時6年目 まだできてない
アナウンサー「アートですかねぇ」
30~40mの鉄塔を建てる
表向きの条件
筑豊炭田 炭鉱跡地
アートパーク構想
無償で2000平方メートル市が10年間貸す
ある期間だけ公共物を借りて作品をつくり、壊す
インスタレーション
廃材を
そこでしかつくれない作品

***
アルコール麻薬依存症病院
町へ戻りたい患者
町へと続く木製の遊歩道
河を渡る橋
運河を下るボート
依存症者と共同でつくる
3年かけて桟橋をつくる
「アノニマス」
「チェーンリアクション」
***

コールマイン田川
20人のボランティア集まる
炭鉱の町 田川
炭鉱についてみんなで考え10年かけて鉄塔を建てる
「10年という時間が大切」
いろんな人のアイデア
自分の当初やりたかったことがだんだん変わっていく
みんなで話し合いながらのまわりみち
人々との交流
お金をかけてボンと建設会社がつくるものではない
手作りで
「簡単なものをつくりたくない」
完成予想図がない
鉄塔をつくる過程すべてが作品
そこでしか作れない作品を目指す
「サイトスペシフィックアート」特定の場所
「ファシリテーター」促進者
川をわたることで当時の炭鉱を追体験する
地域の人々とかかわる


この地を選んだ理由
 炭鉱の町
 彼自身炭住で生まれ育つ
凸凹のたてもの
 年代
ながや
すべてが仮設
仮設建築物
町全体がインスタレーション
「僕がやっていることはアートレスです」
 
プサンでのプロジェクト
日本の炭住 田川
韓国の炭住 ゴーハン
の合体

日本と韓国を結び歴史を見つめる

「一緒にひとつのものを作っていく時間こそが作品」
「残すことを前提としてつくってない」
「全体像を想定して作るのではなくその時その時
今このときに何を感じているのかに興味がある」
「アクチュアリティ 今だけが信じられる」
「大きな展望を拒否している」
あらゆる可能性をひとつひとつやっていく
その土地ならではのストーリー
この場所と作られるものとの関係
自己完結させない
結果をすぐ出さない
「とおいまわりみち」
その時々の感情を燃焼しきること

ワークインプログレス
成長するプロジェクト
チェーンリアクション
次から次へと
複数の主体がある

結局、塔は建たなかった


アートは非力だが無力ではない
即効力にならない
アートは政治と対極
町おこしのためではない
エコのためでもない
3年かけて桟橋をつくる
アルコール依存症の家族はじょじょに理解
10年の重み
ビジョンを持たない
アートと社会の考え方は違ってもいい
一緒にひとつのものをつくっていく時間こそが作品
残すことを前提に作っていない
「今」が大事
その時々の「今」を燃焼し続けること=川俣さんのアート

ファシリテーター 促進者
「他人にゆだねる」高踏な次元でのやりとり 信用しているからできること
「多様性」をどう生かすか 「相互触発」 普遍的 今だからできる

『より良く生きる』
満ちてきたとき、大事に大事に着地させる
孤独な時間を持つ毎日
自分というフィルターを通して五感でダイレクトに感じる→気づき
もつれること
すれ違っているだけではいけない
信じられるものをあたため続ける

アサヒビール 「プロジェクト アート プロジェクト」地域とともに

① コミュニティアート 市民芸術祭 けいがいか
② アート系NPO 樋口さんが元締め
③ アートプロジェクト 一方通行ではなく送り手と受け手が一緒に相互触発 有名なアーティストと普通のおじさんなど
上から目線ではなく教育ではなく・・・
質を下げないように
客寄せパンダにしてはいけない





lineline



IZUMIWAKUプロジェクト
(東京都杉並区)<1994年(第1回)>


【概 要】
 「身近なところでアートする」「本物を感じさせてあげる」「こんな価値観があることを見せる」をテーマとする、杉並区立和泉中学校の美術教師兼作家である村上タカシと22人の作家等が、地域に根ざした学校というオルタナティヴ・スペースにアートを散りばめ、子供達の日常の場である学校を美術館にするプロジェクト。

【考 察】
 普段出会うことの少ないアートやその作家と身近に触れ合うことは、多感な子供達にとって貴重な体験になっただろうと思う。美術館では直に触れることのできないアートを、五感を通して様々な価値観によって触発されるという画期的なコンセプトだと感じる。中でも水嶋一江のインスタレーション・ミュージックは、体の動きや緊張感が美しいと感じた。しかし、これらのアートすべてが本物かというと、私はそうは思えない。ただ、イベント的な感を拭えない部分はあるにはあるが、実験的な試みとしては大きな影響力があっただろうことは察することができる。



memo


IZUMIWAKU 杉並区和泉中学校 村上タカシ
学校→村上タカシにとってリアリティがある場所

22人の作家
地域のひとに芸術を
岡本太郎 「すわることを拒否するイス」
指のかた
キミ・ヘミン
カリストフ・シャルル
子供的感覚 なぜ音楽をつくるのか
より深く聴くためか
音楽を忘れるためか

谷 みつお
表裏をテーマ

西嶋暁子
モノタイプという版画 海の絵日記

たたみにかいたもの

藤 浩志
新聞にかえるの絵
人口問題の記事
学校の階段 祖先の数を計算
かえるが風に飛ぶ
鴨川にこいのぼりを泳がせるエピソード

古屋俊彦
コンピュータ 意味のない文字列

カフェでドローイングするビデオ

植物の種

Who are you?


美術館、画廊は閉鎖的
学校は案外開放的

Myself
自分とはなんだろう

美術館とちがってふれられる

365日大作戦

パフォーマンス

教頭先生
地域に施設を開放する
学校の管理に気をつかった


概要

藍画廊(銀座) 美術教師以前にアーティスト 村上タカシ
「学校美術館構想」を個展にだす
リアルな場所は学校
テーマ
・身近なところでアートする
・本物を感じさせてあげる
・こんな価値観があることを見せる

多感な子供
その場じゃないとできないアートとはかぎらない
場に触発される
ホワイトキューブ

ほこり 自分自身もメディア
不自由ななかで他者のことを考える
異化作用+変容 純化 絶対純度 
教室でほこりのパウダー 学校のごみ ひとりで掃除機 ひとりでゴミをこす 教室を選ぶ 尋常ではない 普段使っているロッカーの中、床、机などが皮膜で覆われる 空間が変容していく驚き 汚いものが美しくなる

視聴覚交換マシーン メディアアート 無意味の意味 声をかける 手をにぎる ディスコミュニケーション お互いにコミュニケーションしないと終わらない 他者を意識する
一見エンターテーメント 体験したらまたちがうかもしれない
 
おざわつよし
なすび画廊 牛乳箱ではない 画廊の概念
ミッシェル・フーコー(哲学者)「これはパイプではない」

Who are you? なんでピース?
インスタレーション設置 聴覚・心理描写・五感
ビトゲンシュタイン「語りえぬもの」

水嶋一江
紙コップと糸 プロモーションビデオ 
ビヴァルディ「春」
眩暈
ストリンググラフィー
インスタレーション・ミュージック
糸に感情が伝わる


わかるわからないは別
何のためではない 意味の病に陥らない
感じることが大事
異物
こういう現代アートもある
自分自身がメディアになってしまう

オーディエンス
学校でやることの意味
わからないことがわからない
アートとはなにか 作家がこれはアートだと言えばアートになるのか
受けてがアートだと思えばアートなのか
ほこりをみて、これがアートかというと・・・
多感な子供たちに体感させる パフォーマンスでも普段は触れ合う機会がない
よくわからない
何かを気付かせるためにアートをつかう


(2009年執筆)



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[ 2012/04/15 18:04 ] 美術 | TB(1) | CM(0)

きむらとしろうじんじん「野点」

「野点(のだて)」:きむらとしろうじんじん 

2008年10月28日/黄金町バザール



【概 要】
 普段交わることのない様々な人々に思わぬ出逢いの場を設け、そこで作業を共有することで一層の互助的な関係を形成するプロジェクトに一貫して取り組んでいる。その内容とは、あらかじめ用意されている素焼きの器に来場者が釉薬で絵付けをし、きむらとしろうじんじん氏が窯で焼き(約40分)、来場者と氏とで合作した焼きたての茶碗で、談笑しながらお茶を楽しむ移動式カフェ(「野点」焼立器飲茶美味窯付移動車)である。

【考 察】
 私がフィールドワークに足を運んだこの日は、あるラーメン屋の隣のわずかなスペースの空き地であった。アトリエから離れた変哲のない野外、同じ空間の中でものを制作するという送り手と受け手の距離間についてまず考えさせられる。つまりこれまでの陶芸家にとっての創作の場、あるいは発表の場というのは、極々限られた人が集まる閉鎖的環境であった。しかしこの「野点」では、送り手と受け手との主従関係という垣根を取り払った、対等な立場で直接的コミュニケーションをし合える距離間なのである。そこには作家と気楽に歓談しながら共同制作をしていく楽しさがある。
 「これ素敵な色合いですね。どの色を混ぜて塗ったのですか?」などと作家が来場者に尋ねている場面も見られた。本来は作家に尋ねたいところなのだが、作家自身が来場者から学びたいという謙虚な姿勢に私は好感を覚えた。このように互いに触発されながら共に制作することは、アトリエにこもって一人きりの世界で制作することとはまた違う、予想のつかない未知の可能性が横たわっているようで興味深い。作家の表情も楽しげで、物腰の柔らかさ、ユーモアのある会話術は、私も彼から学びたいところである。 来場者と氏と場との融合から一つの作品が生まれるという、その偶然性の出会いが素晴らしく思う。

 次に外観についてであるが、ドラァーグ・クィーンに扮した全身カラフルな衣装は、同じくバザールに参加している作家とコラボして作ったというもので、異なる表現ジャンルの人とのネットワークも大切にしていることがうかがえる。誰もがその衣装やメイクに笑顔になる。特に子供たちが嬉しそうに目を輝かせて近寄っていく。これが格式ばった美術館などであったら見られない光景であろう。このように作家がハコから町に出ることで、アートと無縁であった人がそれに触れる、また、そのような人と作家が出会うという、互いに出会いの幅が拡大することがわかる。ラーメン屋の隣のなんでもない狭い空き地が茶碗を制作する共同作業場となり、通りがかる人が思わず立ち止まってしまうような、それでいて余計な音楽や飾りのないシンプルな空間。とてもユニークなアートプロジェクトであると思う。


きむらとしろうじんじん

きむらとしろうじんじん(2008年10月28日:日ノ出町町内会館横空地(ラーメンたつ屋横)にて)



茶碗

じんじんさんと共同制作した茶碗。談笑しながらのコーヒー美味しかった。



野点BLOG
黄金町エリアマネジメントセンター




memo


きむら としろう じんじん

9/11~11/30 黄金町バザール
陶芸家 エイズの問題にも取り組む
「野点」 陶器 ドラッククィーン
焼立器飲茶美味窯付リアカー
やきたてきやむちゃびみかまつきリアカー
リアカーでいろいろなところで1500円で焼いた器を買いお客が絵付け
40分やく
受け手と送り手 一度限りではなくコミュニケーション
京都市立芸大でアカデミックにやってきた
陶器とはこういうものだと教えられてきた
ワークショップ
お茶をたてる たわいのない話をする
京都の名所で江戸時代リアカーをひいてお茶をたてる 
売茶翁(ばいさおう)京都の万福寺のうじ
若冲(じゃくちゅう)
大雅
木村けんたろう(江戸時代のプロデューサー)
「どないやねん」というのをフランスでもやって成功
時間を共有 場を創造する
(2008年執筆)



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[ 2012/04/14 06:37 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

猿田彦土中神社プロジェクト

「猿田彦土中神社プロジェクト」:鈴木寅二啓之

2009年1月14日/猿田彦神社(伊勢)


【概 要】
 縄文人は常に大地への畏敬の念を抱き、大地との循環を意識しながら生活していた。猿田彦大神は縄文時代から日本の大地を護る調和の神である。このプロジェクトは、鈴木寅二啓之氏の幼少期から身近の存在であった「神」と、彼の創造の基である「大地への想い」(縄文の世界観)を表現するものである。それは、大地からせり上がった八角形の様相であり、角部は土中からのびる赤縄によって施され、内部の天井には“土中絵画〈*〉”が配置されている。制作過程の土壁左官作業(土塗り)と角部分赤縄(日本伝統であるしめ縄様式)は、地域の子供たちと共同で制作したものである。

【考 察】
 猿田彦土中神社の外観は、神聖さを湛えながらも土臭い素朴さがあり、凛として静かに力強く呼吸している感がある。内部に入ると、そこは俗世から隔離された静かな空間、土の匂い、母体に守られているような安心感に包まれた。耳を澄ませば、自然の脈打つ鼓動が聴こえてくるかのよう。天井の薄日に透けた土中絵画を見上げながら、自然の壮大なエネルギーや生命の誕生と神秘を感じると同時に、縄文時代から受け継ぐ天と地の調和への祈りが感じられた。


註 *鈴木寅二啓之氏が1993年より行っている独自の美術表現手法。天と地と人が結ばれ全てが調和することを意識して和紙に描き、その絵を土中にうめ、約100日間を経て土中から掘り起こすというもの。



猿田彦土中神社
土中絵画1
土中絵画2




猿田彦土中神社メモ (2009年1月14日)


鈴木寅二啓之(すずきとらじひろゆき)
八角形 八本の木
天井から光 床も土 土壁
1m×1mの入口
木枠の扉 赤い縄 赤いしめ縄8角形にそって土から出ている
高さ3mちょっと 8角形の辺が1m 色褪せた赤 黄土色の壁
① 穴掘り
② 絵画埋め
③ 掘り出し
④ 縄染め
⑤ 土壁塗り
⑥ 赤縄しめ
静岡 八百万神 やおろずのかみ
縄文時代 土偶や土器に興味
大地との循環
縄文時代から日本の地を守る神々が“国の神”くにつかみであり、猿田彦大神は国の神の中でも稀有な存在として親しまれている。やちまたの神として天と地の境にいてそれを結んだり大地を司る方位の神として有名。

奉納舞~啓之神楽みちひらかぐら
鈴木邦江(ダンナー・振付家)

 土中絵画とは私が15年前より行っている独自の美術表現手法です。 これは描いた絵画を土中にうめるもので、描いた絵画を“土にうめる”という行為は、幼少の頃より親しんでいた“地の神様”の力(大地)との融合と、縄文人が土偶を“土にうめる”というところからきています。縄文時代の土偶は母子像を表しており、再生の願いから土にうめられていました。それは古来日本人は地に入ることで天にのぼると考えられていたためでしょう。
 “土中絵画”は、天と地と人が結ばれ全てが調和することを意識して和紙に描き、その後、大地(今回は猿田彦神社境内)に裸(描いた絵をそのまま)の状態で土中にうめ、約100日間を経て、土中から掘り起こすもので、縄文人の世界観と同じく、地から入り天にのぼり、天と地を結ぶものと考えています。 (鈴木寅二啓之)



(2009年執筆)



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[ 2012/04/13 02:09 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

記憶の香り

「記憶の香り」: AirPlug〈*〉 (井上尚子・柴山拓郎)+塾生

2008年11月26日/慶應義塾大学日吉キャンパス来往舎イベントテラス


【概 要】
 「語る」「想う」「触れる」「集める」をテーマとする4ブースの空間を、香りと電子音響でつなぎ、刺激されたその嗅覚や聴覚から来場者の記憶の回想を促すというもの。会場となるキャンパス内の学生等の個人的な香りのエピソードを様々な手法で表現し、来場者の「記憶の香り」とリンクさせ共有する。

 「語る」では、キャンパス内の学生や教師、そこで働く警備員、清掃員等約30名にインタビューし、その模様を録画したものをテレビで放映している。その内容は、「あなたの記憶に残っているにおいは何ですか?」、「その香りは好きですか?」、「エピソード」の3つの問いかけに対する返答。
 「想う」では、小中学校の教室にある懐かしい机と椅子が8組、円を囲むように設置され、机の上には様々な香りが入った小瓶が一瓶ずつ置かれている。香りの内容は、コーヒー、チョコレート、ハーブ、香水、柑橘などで、どれもこの学生等の思い出深い香りである。机の中にはその香りにまつわるエピソードが書かれた紙がそれぞれ数十枚入っている。
 「触れる」では、古着が展示され、身につけていた人の衣服にしみついた香りを嗅ぎ、それを手に取り肌から伝わる感触を味わう。その脇には、以前ハンドボール部のマネージャーをしていたという女子学生の思い出深い松脂がおかれ、その香りがあたりに漂う。
 「集める」では、放課後を思わせるような照明を落とした空間に、机と椅子が4組設置され、アンケート用紙と鉛筆が置かれている。これまでの余韻に浸りながら、来場者自身の「記憶の香り」を用紙に書き足し、机の中にしのばせ、提供者と来場者の共同作業がここに完結する。


【考 察】
 記憶とは、その時無意識に嗅いでいるにおいと連動しているようである。例えば新しい本のにおいを嗅ぐと新学期が始まる緊張感や期待感がよみがえってくるような感覚であろうか。香りにまつわる様々なエピソードを読むと、面白いことがわかる。ある香水を嗅いだ一人の男性は、大好きであった元カノがつけていた香水だから「好き」だと答え、一方ある女性は、元カレがつけていた香水だから「ウザイ!」と答えていた。同じ香水でも、人それぞれ好き嫌いが分かれたりする。異なる感覚や感情だからこそ、人と人は分かり合うために歩み寄り、語り合い、影響し合い、そこに新たな発見があったりする。人と「違う」ことは、素晴らしい個性なのだとあらためて感じることができる。
 一連の電子音響には、電車の走る音、階段を駆け上る足音、水洗トイレを流す音、鳥の鳴き声、公園で遊ぶ子供達の笑い声などが、BGMという脇役に留まることなく、「香り」と対等な重きで使われていた。



*香りと音をテーマに、五感を刺激し、体験する人の記憶を呼び起こすような空間作品を制作するユニット。







AirPlug(井上尚子・柴山拓郎)インタビューメモ (2008年11月26日)


視覚と聴覚とのギャップ
ここにいた人がきいている音(足音)だとか、トイレの流れる音、ここに来る時に聞いてきただろう音(電車や駅などの音)
想起させるもの
個々の発想と発見
人それぞれ違う回想
人のはなしをきくことでよみがえる香り
視覚や聴覚だけではない作品
光と香りと音
男性:好きだった彼女がつけていた香水だから「好き」
女性:うざい元彼がつけていた香水だから「嫌い」
人それぞれのちがいのおもしろさ
「好き」夕立のにおい、母が学校まで迎えに来てくれた
飼っている犬のにおい、家族のにおいほっとする
キャラメルのにおい、おじいちゃんの家にあった
図書館のにおい
おばあちゃんの家のにおい
朝のにおい 新鮮で冷たい感じ
「嫌い」入試会場
それぞれのストーリーが香りにかくれている
古着は誰かのにおいをうけついでいく
前に住んでいた家も、誰かのにおいをうけついでいく
松脂
ハンドボール部で手につける松脂とクリーナーのにおい=部員との思い出
石鹸や救急箱にもつく
そういう経験のない人が松脂をかぐとまた違ったかんじになる
小さい子供はなつかしいとか思わないと思うが、新しい発見になる
性別や年代などによってもにおいの印象がちがってくる
普段は気付いていないにおいが、記憶と結びつく
臭いにおいや怖い音は身の危険を感じるといわれている
ハグする理由 コミュニケーションしながらにおいで健康かどうかをみる
鼻のたかさは寒い地の人種にかなっている
エスキモーは鼻をつけあってにおいを嗅ぎあいさつする
あかちゃんのにおい 死んだおじいちゃんのにおい 怖くなる
においから始まりにおいで終わる気がする
融合と統合
音・香・自分
においは触ると同じくらいにリアル

(2008年執筆)



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[ 2012/04/12 01:58 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

バスカメラ

「Sightseeing Bus camera〈1〉 Project」:佐藤時啓Ray Projects〈2〉 


【概 要】
 Sightseeing Bus camera(バスカメラ)は、カメラの語源となった暗部屋を意味する「カメラ・オブスクーラ」の現象〈3〉を使って、バス1台を大きなカメラにしてしまうもの。バスの中全体を暗室にして、小さな穴をあけた両サイドの窓からレンズを通し光が差し込むと、外の景色が車内の通路に設えたスクリーンに映し出される。バスが走ると、走馬灯のように外の町並みが逆さまに現れては消え、普段見慣れている景色とはまた違った趣を体験する。

【考 察】
 普通我々は、カメラで撮ったメディアを現像し写真にしたものを見ることが一般的であるが、その手段であるカメラの中に人が入ってしまうという面白い企画である。写真の場合は、それを見る時にはすでに過去の光景として映っているが、バスカメラの場合は、リアルタイムでその場に居合わせるといった体感型アートともいえる。「カメラの原理とはこういうものだったのか!」という、まさに体験することで得られる生々しい発見がここにある。写真を撮る場合は、構図、ピント合わせ、光の当たる向きなど考えなければならないが、バスカメラはその点考えなくて良いため技術的には気楽ではあろうが、その分違う視点に注意を払うことで伴う表現の可能性が広がるのではないかと思われる。場所やその日の天気、時刻などによっても趣が異なり、その一瞬一瞬の光と影の出会いを尊ぶ作家の想いを、バスカメラに揺られながら私は感じた。同じものは二度とできないという、音楽でいうコンサートのような一回限りのある種の儚さがあるが、それを体験したものの感動はずっと忘れないものとなるだろう。特に子供が喜んでいたのが印象的であった。これが敷居の高い画廊などであったら、子供の無邪気な笑顔も見られないであろう。写真やカメラには関心がなくとも、バスカメラなら楽しいと思う人は多くいそうである。
 学生時代は彫刻など立体作品を学び、光が特徴の写真作品を展開の後、町中に表現活動の場を移していった佐藤時啓氏であるが、これまでと同様「光」をテーマにすることを根底に持ちながら、表現の枠や常識を超えたプロジェクトであると思う。


1.芸術表現活動であると同時に、カメラの中を体験し、その原理を理解する科学の実験でもある。
2.東京芸大、佐藤時啓氏を中心に原初的な光学的原理を用いた芸術表現を行う任意団体。バスカメラやピンホールカメラの原理を用いた表現活動をおこなう。Ray projectのRayとは光という意味。
3.暗闇があって光が差し込むと、そこには必ず映像が映るという現象。




風車




佐藤時啓氏インタビューメモ (2008年11月16日)


 バスカメラは三友周太(薬剤師)から手紙がくるところからはじまる。

 東京藝術大学准教授である佐藤時啓は、彫刻など立体作品を大学で学び、90年代から光が特徴的な写真の作品をつくるようになる。
 2000年代からは画廊だけではない、さまざまな人々とかかわるプロジェクトを始める。ワンダリングカメラ(漂泊するカメラ)から、走っている状態で見ることができるバスカメラに変化する。秋田県大潟村(2004年10月)からはじまり、茨城県取手市、銀座・・・と運行してきた。風景に追い越される体験、逆さまにうつる風景、逆方向に進む風景。

 現在はだれでも同じ情報を得ることができ、同じように表現する可能性がでてきた。活動の拠点をアトリエだけでいいのか?と考えるようになり、90年代後半から2002年からは直接人々とかかわる方向へ移行していった。ワークショップもそのひとつの方法である。
 台風の影響により処分されるかぼちゃをカメラにするこころみ。闇と光があればカメラになる。闇の中に光が入ると映像がうつる。Camera obscura(カメラ・オブスクーラ)。木漏れ日もじつは同じ原理。現在もあるカメラ・オブスクーラは、EdinburghのThe Outlook Towerや、ディズニー・シー。

 90年代から写真をはじめ、94年を最初にカメラ・オブスクーラを作るようになる。これは廃校の屋根に穴をあけレンズをとりつけ、床にダムに沈んでしまう町を映すというもの。ここからアトリエで作品をつくることはなくなり、作品を観るだけではなく体験してもらう、大きな画面にイメージを重ねる作品へと移行していく。

***

リクシャーカメラプロジェクト  
 バングラデッシュで、リクシャーを町工場にいって2万円で作ってもらい、カメラに改造。リクシャーの屋根にレンズをとりつけ、膝のうえに動く映像を楽しむもの。バングラデッシュで運行した後、日本に持ち帰り田舎で走らせた。日本の人力車がアジアに伝わり、また戻ってきたかんじ。

ワンダリング・カメラ・プロジェクト
 いろんな場所に行ってカメラを設置して、ゲリラ的に町に現れるプロジェクト。第一の目的は大きな写真を撮るため。一見キャンピングカーにみえる大きなカメラなので、韓国にいくときに困った。韓国にキャンピングカーは輸入できないので、「これはカメラです」と日本語とハングル語で書いたら通ることができた。この由来のために、バスカメラにも「このバスはカメラです」と書いている。初めは険しい顔をしていた現地の人が、いざ体験してみると楽しそうな顔に変わる、表情の一瞬の変化がうれしい。

ポストをカメラにするこころみ 宮城県



長崎県雲仙。ゴミがいっぱいの廃屋というネガティブな場所を、町の人々と掃除をして、カメラを置く場所へと変えていく作業。船の形のスクリーンと船のかたちのテーブルに、それぞれ有明海と雲仙岳が映る。
町おこしのためにアートがあるわけではないが、場所選びは非常に大事。

 岩手。

単純に像を映しているだけだが、カメラにすることにより奥行きのあるものが平面になり、絵画のようになる。

家にもレンズをつけていて、隣の家が映るようにしてある。四季折々や、天気によって、時間によって、景色が変わる面白さ。雪の日は最高で、雪が舞い上がってみえる。

360度カメラ グリーニング(拾い集める)
映し出されたイメージを共有するというプロジェクトから、映すほうを体験するプロジェクト
タイル張りのようなかんじ

近代は、いかにピントと構図を合わせるかという視点というよりも、とりたい気持ちととりたい場所、偶然に映ったものを受け入れることが大切。

写真をやりはじめてからアトリエをでる。街中で長時間撮影。鏡で反射させる。
90年代おわりから海の作品をつくるようになる。
制作そのものを作品にする。

井戸プロジェクト(2002)
深さ40mの井戸掘り。10日間足でパタンパタンふみながら手作りで井戸をほる作業。ジャングルジムのようなあづまや。最終的に流しそうめん。

M1(エムワン)プロジェクト(2007)
利根川河川敷。
処分されるユニット(ひとつ四畳半)を4つ、ななめにたてかけるようなかんじに接合。クレーンではなく、手で接合することにこだわる。
機能をもった作品。遊ぶことができる空間。滑り台。クライム。休憩所。
表現活動と、町と人とどうかかわっていける可能性があるのかをいつも考えている。

***

共同作業するときは自分の欲求をある時は抑えなければならないが、自分を突き詰めて作品制作に臨むときは個人でするというように使い分けを繰り返している。
バスカメラでは、技術的なことはいらないし、お金もあまりかからないので気楽にできる。というふうに、スイッチを切り替えている。

山口県宇部市に、唯一パブリックアートがある。
ドーム状の4つのカメラ。コケ。

日常見えるものがちがってみえるから飽きない。
なんのためにやるの?険しい顔がにっこりするくつがえしがうれしい。
日本には町中にアートがないから逆に可能性がある。常にアートがあるニューヨークではバスカメラをやる必要性がなく感じた。

芸術は、目的をもたないもの。結果的に何か作用することはあるかもしれない。
なにかを変えることを目的に芸術をやるのではない。

町中に異物が出現するおもしろさ。
アートとは、目的のないものである。結果として何か世の中に変化を与える可能性があるかもしれないという立場。


(2008年執筆)







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[ 2012/04/10 05:03 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

平山郁夫展

 今日は、明石市立文化博物館で開催中の平山郁夫展に行きました。
 
 『建立金剛心図』と『入涅槃幻想』と『広島生変図』と『受胎霊夢』を一番楽しみにしていましたが、今回はどれも出展していなくて残念でした。特に、『広島生変図』の原爆で真っ赤に燃え盛る広島の空に浮かぶ不動明王を観たかったです。

 『建立金剛心図』以来、厚塗りという技法で描かれ、その彫刻刀で彫られたような凹凸に画家の込められた念を感じます。独特な群青や金色を肉眼で観ることができて良かったです。出展されていた作品の中では、『瀬戸田曼荼羅』と『亜羅比亜の翁』が素晴らしく、好きになりました。
 
 仏教の他に、『月光砂漠らくだ行』や『シルクロード天空』など、砂漠を歩くラクダのキャラバンをテーマにした作品も数多くあります。かねてから砂漠とラクダのモティーフが好きだったこともあり、異国の神秘にロマンを感じます。




 これは、十数年愛用している湯のみです。メルヘンチックな気分で一服します。

湯のみ1
湯のみ2









平山郁夫美術館



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[ 2012/04/09 17:13 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

初めての陶彩画

昨日は友達の薦めで陶彩画を鑑賞に行きました。

陶彩画とは、白い陶板に釉薬で絵付けをして焼成し、また上から違う色で絵付けをして焼成・・・と、 十数回窯入れを繰り返しながら絵を描いていくというものです。

どの画も美しい色合いと緻密な線で描かれていますが、なかでも「花音(かのん)」と「雨あがる」が良かったです。
こんな時に、お金があったらなぁ・・・と思うのですが、現状は画を買うなどムリなので、ポストカードを写真立てに入れて飾ろうと思います。

また個展があったらぜひ行きたいと思います。



陶彩画家 草場一壽
今心工房ギャラリー
陶彩画の世界


















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[ 2011/11/27 08:54 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

野十郎の『煙草を手にした自画像』

 高島野十郎(たかしま やじゅうろう)は1890年、福岡県久留米市の酒造業を営む資産家の家に四男として生まれました。本名は高嶋弥寿(たかしま やじゅ)で、野十郎とは、「野獣のごとく生きる」という意味のペンネームといわれています。長男の宇朗(泉郷)は、画家・青木 繁の友人として知られる詩人でした。
 中学の頃から絵を描き始めた野十郎ですが、明治45年に東京帝国大学農学部水産学科に入学し、絵と勉学を両立させながら大学生活を送りました。この頃から野十郎の油絵は、すでに新進画家の評価を得ていた一つ年下の劉生と類似性を指摘されていますが、野十郎は勉学を疎かにすることなく抜群の成績を修め、水産学科を首席で卒業しました。この時、学業優秀者に与えられる恩寵の銀時計を受ける予定になっていましたが、彼はこの栄誉を辞退したといいます。卒業後も周囲からの期待にこたえるように研究を続けていくのであれば銀時計も勲章になりますが、学界を去り、画道に入り邁進すると進路を決めた彼にしてみれば、ただの装飾品にすぎなかったのかもしれません。しかし、彼の才能を惜しんだ教授の一人が、今後の励ましを込めて銀時計に替って懐中時計を贈りました。野十郎もこの恩師の時計だけはありがたく受け取り、生涯大切に持ち続けました。



煙草を手にした自画像

高島野十郎:『煙草を手にした自画像』(制作年不詳)




 その頃に描いたとされる 『煙草を手にした自画像』 には、白いワイシャツに焦茶色のネクタイを締め、紺のベストに茶色いカーディガン、カーキ色の上着を羽織り、左手には煙草を燻らせ、髪は短く刈られ、ブロンズの眼鏡の奥には、眉間に皺を寄せ眼光鋭く正面を見据えた、口元をかたく結ぶ、若き野十郎の姿が描かれています。本がいくつも積まれた棚の脇の柱には、生物採集用の網と、一時四分を指した恩師の懐中時計がかけられています。
 家族には美術の道に進むことを反対され、学界では研究を続けてほしいという大きな期待を寄せられ、それでも己の道を突き進もうとする迷いのない覚悟が、この絵から感じることができます。芸術に対する野十郎の潔癖さを表す独自の思想の軌跡を綴った遺稿『ノート』に次のような言葉があります。


「生まれた時から散々に染め込まれた思想や習慣を洗ひ落せば落す程寫実は深くなる.
寫實の遂及とは何もかも洗ひ落して生れる前の裸になる事、その事である.」
(2008年、求龍堂、川崎 浹『過激な隠遁 高島野十郎評伝』、282ページ)



 食べることは生きること、食べ物は愛であり命であるので、私は食事を第一に考えています。本来の日本人の食事の内容に戻し、日本人の細胞、肉体、精神にかえることが、私の日々の労りであり務めでもあります。その行こそが、命を授かり生かされていることへの感謝のしるしです。過去何億もの人々の繋がりによって今の私があるのですから。一見関係ないようですが、「洗い落とす」ことも「生まれる前の裸になる」ことも、毎日の食事と密接につながっていると私は考えます。


「色の名稱をすててしまふ.色といふ言葉もすててしまふ.寫実はそれからだ.」
(前掲書、『過激な隠遁 高島野十郎評伝』、281ページ)



 私はこの「色」の箇所を「音」と置きかえて考えます。さらにこの野十郎の言葉を突き詰めれば、「音楽や美術といった芸術の枠をも捨ててしまう」となるでしょう。 アトリエを外の世界へ移し、地域住民と共同作業でアートを創ることや、何でもかんでもアートと称し、「個性」の名のもとに何か人と変わったことをすることで優劣を見出だす、いわば「やったもの勝ち」で満悦しているような、現代のアーティストと呼ばれる人々とは対極の生き方だと思います。仮に野十郎が100年遅れて生まれたとしても、このような時代の風潮に関係なく彼は彼の生き方を貫き通したであろうと思います。


「芸術は深さとか強さとかを取るべきではない.“諦”である.」
(前掲書、『過激な隠遁 高島野十郎評伝』、275ページ)


註 諦(たい) 真実にして明らかなこと。悟り。明らかにする。



 自分自身を日々浄化させ、無垢の状態で心の目を開き対象と向き合うためには、孤独の場所を作り、それを愛さなければなりません。集団に属することは彼にとって邪念であり、またそうでなければ次のような慈愛に満ちた闇の絵は描けないでしょう。



満月 

高島野十郎:『満月』(1963年)




 野十郎の手紙の中に次のような一節があります。

「小生の研究はただ自然があるのみで古今東西の芸術家の後を追ひ、それ等の作品を研究参考するのでありませんし、反對にそれ等と絶縁して全くの孤独を求めてゐるのですから、例へば名画の参考品を送つて下さつても何の役にも立ちません。(中略)
以前、武蔵野の寫眞集を送つて来られましたが、あれなど全くの無意義でした。高いお金を使はれたらしいが、それで小生寸分の得る処、受ける処ありませんでした。
今、上野で西洋名画展をやつてゐる事知つてゐますが、行つて見る気少しもありません。そこに何か小生の参考になりそうなものあると思へるなら、近くもあるし一度でも二度でも行つて見ます。然しそこに何も求めて居ませんし見に行く暇と費用があれば、山の雪の中、野の枯草の中に歩き行きます。
世の画壇と全く無縁になる事が小生の研究と精進です。」
(昭和41年2月25日付 原文に若干の読点等を付加した)
(2008年、求龍堂、高島野十郎『高島野十郎画集 作品と遺稿』、223ページ)



 あらゆる執着から訣別し、俗世間に媚びることなく、質素な生活を送り、一生涯独身を貫き、ただひたすらに描き続けた野十郎の生き様が感じられます。芸術に対し、また自分自身に対し、これほどまでに独り真摯に闘う姿に畏敬の念を覚えます。何かを創造するためには、孤独に耐え、生みや育ての苦楽を味わい、苦汁を隠しながら真実を明らかにする勇気を持つこと、そしてこれらの底流に横たわる心の拠り所とする自分が信じる神(宗教とは限らない)の存在が、信念を抱き続けることを強固たるものにしているのだと思います。



「冥土への一路.藝術の眞諦.」
(前掲書、『過激な隠遁 高島野十郎評伝』、285ページ)




高島野十郎






参考文献

・多田茂治『野十郎の炎』(弦書房 2006年)
・川崎 浹『過激な隠遁 高島野十郎評伝』(求龍堂 2008年)
・高島野十郎『高島野十郎画集 作品と遺稿』(求龍堂 2008年)










(2009年執筆)




[タグ未指定]
[ 2011/01/26 15:54 ] 美術 | TB(1) | CM(0)

蝋燭を描いた画家

 クリスマスシーズンにちなんで、蝋燭を描いた二人の画家について書きたいと思います。



 17世紀フランスの画家、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、民衆的な題材を扱う作品を描き続け、プッサン、ル・ナン兄弟、ル・シュウール、ル・ブランなどの画家たちと同等に評価されるほど、生前から世俗的にも成功を博しました。しかし、没後は長らく世間から忘れ去られ20世紀になって再発見されますが、現存する真作はわずか40点余りです。

ゆれる炎のあるマグダラのマリア

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)

《ゆれる炎のあるマグダラのマリア》




 白いブラウスを胸元まで下ろし、肩を大きく露わにした女性のしなやかな肌は、闇の中に浮かび上がる蝋燭の光に照らされ、肉感的な美しさをもって罪を悔いる繊細な心理描写を伴い描かれています。そこに静かに流れる時間と淑やかな女性を感じさせますが、その穏やかさの中に細く燻る蝋燭の黒煙と鞭と骸骨の存在が、一種の不気味さを醸し出しています。
 ラ・トゥールの画風は、「昼の情景」と「夜の情景」に大別されますが、いずれも光を効果的に駆使していることが特徴です。しかし、色調、画風、着想などの面で大きく異なるため、彼の芸術は謎の部分が多く残されています。主題の多くは、キリスト教の聖人や聖女、街かどでヴィエルを奏でる盲目の辻音楽師、トランプをするいかさま師などです。これらの題材の中に共通する「光と闇」、「聖と俗」という対比の中に、ラ・トゥールのキリスト教、家族、労働といった価値観を見出すことができます。


 一方、1890年福岡県に生まれた高島野十郎(たかしま やじゅうろう)は、「世の画壇と全く無縁になる事が小生の研究と精進」(2006年、弦書房、多田茂治『野十郎の炎』、125ページ)として、修行僧にも似た孤高の生活を貫きました。主に個展を作品発表の場とし、一貫して写実を追求しました。生前はほとんど無名でしたが、野十郎が初めて世間に紹介されたのは、没後11年経った1986年の福岡県立美術館での本格的な個展でした。

蝋燭

高島野十郎(1890-1975)
《蝋燭》



 赤茶色の背景、波打つ黄金色の炎、強いオレンジ色の火口、木製の台に落ちた楕円の黒い影。同じような構図の《蝋燭》を生涯に渡り何十枚も描き続け、そのうちの一点も売られることなく、すべて有縁の人々に手渡しで献呈し続けました。「私の《蝋燭》は絵馬なのだよ」(2008年、求龍堂、川崎 浹『過激な隠遁 島野十郎評伝』、246ページ)と野十郎は言います。つまり彼は、人間の中の仏性に絵馬のように祈りを込めた《蝋燭》を奉納し続け、献呈された人は、この奉納品によって自分の中の仏性に気付く可能性を持つというものです。《蝋燭》に比べて作品数が少ない《月》も非売品ですが、月ではなく「闇」を描きたかったと野十郎は言います。また、「空気」を描いたという《春の海》には焦点がありません。評論家から「岸田劉生の精神を学べ」と批評された野十郎は、「非有、非無、そしてそこから、或いはそれを支える一つの主題がない。それは“慈悲”だ。」(2008年、求龍堂、島野十郎『島野十郎画集 作品と遺稿』、210ページ)と答えました。ここに、「闇」や「空気」を描いた野十郎の深遠な精神性と彼独自の哲学が裏付けされているかのようです。今を生きている炎と、残りの命である蝋芯、一人一人の心の闇を静かに照らし明らかにする光。そこに野十郎の行き着いた境地である「慈悲」が超然と横たわっています。


【総 括】
 ラ・トゥールの《ゆれる炎のあるマグダナのマリア》は、キリスト教神話を題材とし、蝋燭は大画面のごく一部として扱われ、宗教的な雰囲気を強めてはいるものの蝋燭自体に神性はなく、むしろそれは物理的な闇を照らすための小道具にすぎません。女性の表情や、聖書、十字架、鞭、骸骨といった「目に見えるもの」から、メッセージとして連想する何かを受け手は感じ取るでしょう。
 一方、野十郎の《蝋燭》は、根底には仏教思想があり、「無」の関門を乗り越えた「悟り」の境地に至った彼独特の主題がここにあります。画面の中央に一本の蝋燭が灯り、焦点はずばり蝋燭そのものであり、そこには高潔で神聖な「慈悲」が漂います。「花一つを、砂一粒を人間と同物に見る事、神と見る事……それは洋人キリスト教者には不可能」(前掲書、『過激な隠遁 島野十郎評伝』、275ページ)という彼の言葉からも、唯一の神を信仰する西欧キリスト教社会と、「神は自分の中にいる」という東洋的神仏の世界の違いが如実に表されています。蝋燭自体から野十郎のメッセージが直接伝わってくるような、それはいかようにも解釈できる曖昧な言葉ではなく、野十郎自身がこのようにしか描きようがなかった必然的な産物であるような気がします。ラ・トゥールと野十郎の「蝋燭」を比較することによって、思想においても主題においても本質的に類を異にした画家であることがわかります。



参考文献
・ジャン=ピエール・キュザン/ディミトリ・サルモン『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』(創元社 2005年)
・多田茂治『野十郎の炎』(弦書房 2006年)
・川崎 浹『過激な隠遁 高島野十郎評伝』(求龍堂 2008年)
・高島野十郎『高島野十郎画集 作品と遺稿』(求龍堂 2008年)








(2009年執筆)



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[ 2010/12/18 15:32 ] 美術 | TB(1) | CM(0)

没後120年 ゴッホ展

 ひさしぶりの更新です。




 先日、東京・六本木の国立新美術館で開催されている 「ゴッホ展」へ行きました。私が小学生の頃、初めてゴッホの絵を観て、特に『タンギー爺さん』に衝撃を受けたのをよく覚えています。背後の浮世絵に日本人として親しみや誇りを感じると同時に、何故だかわからないのですが、子供心に不安と恐怖を非常に感じました。しかしそれ以来、恐れながらもゴッホの絵が大好きになりました。今回の展覧会で初めて観た 『あおむけの蟹』 や、『アルルの寝室』 の実物大の再現模型が特に興味深かったです。





ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集『和声と創意への試み』作品8 から
協奏曲第2番ト短調 「夏」

第1楽章 Allegro non molto  
第2楽章 Adagio e piano - Presto e forte  
第3楽章 Presto










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[ 2010/11/11 19:50 ] 美術 | TB(0) | CM(0)
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