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音楽レッスン帳

クラシックピアノ・ジャズピアノ・エレキギター・作曲・DTM・オーケストラ・パーカッションのレッスン日記 ♪ 姉妹サイト「ニョキリサ」もよろしくお願いします(๑˃̵ᴗ˂̵)

基本の「き」

 最近思うこと…、普通の生活が嬉しいです。家族団欒、食事、笑顔、静かな心…。これから広がる外の世界とはどんなものでしょう。気張らず焦らないことの自然体が、あらゆる可能性をもたらしてくれると今は信じられます。14年前のインド行脚、その翌年の自転車日本一周…、あの10代、20代、30代前半の七転八倒がなければ、わからない幸せです。また、今の穏やかな心がなければ、昔の苦しみも心底まではわかりませんでした。人は苦悩に慣れてしまうと、それを普通だと錯覚し、あらゆる感覚が麻痺してしまうものだからです。鈍麻にならなければ生き永らえないほどの苦痛なのです。

 衝突しながらも、決して諦めなかった両親に感謝します。両親の苦労は計り知れず、とてもここには書ききれるものではありませんが、私がどんなに落ちぶれようが一度も見捨てることはなかった、今の私があるのは惜しみなく注いでくれた愛情のおかげです。そして私に与えられた、母体にいる時から支え続けてくれた音楽にも感謝します。

 一度は捨てた音楽でした。今は楽にピアノに向かえます。10数年のブランクもなんのその、昔よりも表情が豊かになったような気がします。余分な力みがなくなり、緊張と弛緩の切り替えがスムーズにできることで、ピアノが弾きやすくなりました。それまでは、力を抜く方法がわからず、力を入れている自覚すらなく、今振り返れば、普段から睡眠中の時でさえも絶えず力みっぱなしで、全身の筋肉や発する声、心までも強張った状態でした。リラックスを体感、実感できたのはほんの最近のことです。私は人生の半分を、一体何に駆り立てられ必死になっていたのでしょう。

 このように、心の在り方、またそれと密接に繋がっている食事の内容に伴い、身体も音も変化するのです。導く人も教えを乞う人も、「才能がない」なんて早々と見切りをつけてはいけません。どこで太陽が顔を出し、恵の雨が降り、栄養たっぷりの土壌に巡り合えるかわからないのですから。発芽できずに暗く冷たい土の中で眠っている…、とことん苦しみ、迷い、そこから生まれる「生き残りたい!!」という第一の欲求が、智恵に向かわせるというのは人間の高尚さです。物やお金、社会的地位、周囲の人々といった外的なものによるのではなく、まずは自分自身が幸せにならなければ、他者からの恩恵が途絶えれば簡単に崩壊してしまうでしょう。「私」という個人が幸せでない限り、どこへ行こうが何をしようが何も変わらない、ただの徒労に終わるだけです。だから、私たちの心身を直接的に形成する日々の食べ物は「医食同源」、肝心要の基本の「き」だと思うのです。

 今日は、大根、セロリ、レンコン、キュウリ、玉ねぎを買い出しし、糠漬けやピクルス、乳酸菌・酵母菌の漬物を仕込みました。これが昼食、夕食のメインディッシュとなり、あとは豆たっぷりの発芽玄米酵素の卵かけ粥と、イリコ粉末とワカメたっぷりのお味噌汁です。朝食は、皮ごと野菜(リンゴ、人参、レモン、生姜)、乳酸菌水(玄米の漬け汁、カルピス、糠床からでる汁で培養させた液体)、皮ごと野菜の乳酸菌・酵母菌を濾した液体(野菜酵素)とその濾しカス(非加熱ジャム)、乳酸菌水と玄米を粉砕し醗酵させた生玄米ヨーグルト、以上をミキサーにかけたジュースです。自分で育てた菌なので全く抵抗がないばかりか、愛おしささえ感じます。これら何億何兆もの生菌や死菌を、母から譲り受けた腸に餌をやる感覚で大事に食べます。一般的に不味いと言う人が多いでしょうが、目には見えないかわいい微生物たちを想像すれば不思議と美味しく感じられ、自然と感謝の念が湧き胃も心も満足します。難点は家の中が醗酵玄米臭いことですが、来客の時はアロマなどでごまかすことにして 、これからも本来の日本人になるための醗酵食生活を継続していきたいです。

 自分の身体よりも大きく重たい楽器、10本の指で88の鍵盤を操るのです。元々、小柄でデリケートな日本人向けの楽器ではないのですから、同じ土俵に上がるには食事しかありません。少ない資源で長く保てる燃費の良い身体づくりと、粘り強く勤勉実直な大和魂づくりに勤しむべきだと思います。第一に健康でなければ、楽器に負けてしまいます。ピアノの椅子に座れば、オーケストラを率いる指揮者の役目もしなければならないのです。鋭い感覚を要求されるのですから、酸性食品を食べ過ぎては思考や感性が鈍り、本領発揮は望めないでしょう。



 今日はベートーヴェンのピアノソナタ 『熱情』 の終楽章を練習しました。




 ベートーヴェンを弾くときは、誰もがベートーヴェンの顔になるものですね。
 ベートーヴェンも、「ハイリゲンシュタットの遺書」の暗闇の渦から勇敢に立ち上がりました。





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[ 2011/01/31 19:38 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

野十郎の『煙草を手にした自画像』

 高島野十郎(たかしま やじゅうろう)は1890年、福岡県久留米市の酒造業を営む資産家の家に四男として生まれました。本名は高嶋弥寿(たかしま やじゅ)で、野十郎とは、「野獣のごとく生きる」という意味のペンネームといわれています。長男の宇朗(泉郷)は、画家・青木 繁の友人として知られる詩人でした。
 中学の頃から絵を描き始めた野十郎ですが、明治45年に東京帝国大学農学部水産学科に入学し、絵と勉学を両立させながら大学生活を送りました。この頃から野十郎の油絵は、すでに新進画家の評価を得ていた一つ年下の劉生と類似性を指摘されていますが、野十郎は勉学を疎かにすることなく抜群の成績を修め、水産学科を首席で卒業しました。この時、学業優秀者に与えられる恩寵の銀時計を受ける予定になっていましたが、彼はこの栄誉を辞退したといいます。卒業後も周囲からの期待にこたえるように研究を続けていくのであれば銀時計も勲章になりますが、学界を去り、画道に入り邁進すると進路を決めた彼にしてみれば、ただの装飾品にすぎなかったのかもしれません。しかし、彼の才能を惜しんだ教授の一人が、今後の励ましを込めて銀時計に替って懐中時計を贈りました。野十郎もこの恩師の時計だけはありがたく受け取り、生涯大切に持ち続けました。



煙草を手にした自画像

高島野十郎:『煙草を手にした自画像』(制作年不詳)




 その頃に描いたとされる 『煙草を手にした自画像』 には、白いワイシャツに焦茶色のネクタイを締め、紺のベストに茶色いカーディガン、カーキ色の上着を羽織り、左手には煙草を燻らせ、髪は短く刈られ、ブロンズの眼鏡の奥には、眉間に皺を寄せ眼光鋭く正面を見据えた、口元をかたく結ぶ、若き野十郎の姿が描かれています。本がいくつも積まれた棚の脇の柱には、生物採集用の網と、一時四分を指した恩師の懐中時計がかけられています。
 家族には美術の道に進むことを反対され、学界では研究を続けてほしいという大きな期待を寄せられ、それでも己の道を突き進もうとする迷いのない覚悟が、この絵から感じることができます。芸術に対する野十郎の潔癖さを表す独自の思想の軌跡を綴った遺稿『ノート』に次のような言葉があります。


「生まれた時から散々に染め込まれた思想や習慣を洗ひ落せば落す程寫実は深くなる.
寫實の遂及とは何もかも洗ひ落して生れる前の裸になる事、その事である.」
(2008年、求龍堂、川崎 浹『過激な隠遁 高島野十郎評伝』、282ページ)



 食べることは生きること、食べ物は愛であり命であるので、私は食事を第一に考えています。本来の日本人の食事の内容に戻し、日本人の細胞、肉体、精神にかえることが、私の日々の労りであり務めでもあります。その行こそが、命を授かり生かされていることへの感謝のしるしです。過去何億もの人々の繋がりによって今の私があるのですから。一見関係ないようですが、「洗い落とす」ことも「生まれる前の裸になる」ことも、毎日の食事と密接につながっていると私は考えます。


「色の名稱をすててしまふ.色といふ言葉もすててしまふ.寫実はそれからだ.」
(前掲書、『過激な隠遁 高島野十郎評伝』、281ページ)



 私はこの「色」の箇所を「音」と置きかえて考えます。さらにこの野十郎の言葉を突き詰めれば、「音楽や美術といった芸術の枠をも捨ててしまう」となるでしょう。 アトリエを外の世界へ移し、地域住民と共同作業でアートを創ることや、何でもかんでもアートと称し、「個性」の名のもとに何か人と変わったことをすることで優劣を見出だす、いわば「やったもの勝ち」で満悦しているような、現代のアーティストと呼ばれる人々とは対極の生き方だと思います。仮に野十郎が100年遅れて生まれたとしても、このような時代の風潮に関係なく彼は彼の生き方を貫き通したであろうと思います。


「芸術は深さとか強さとかを取るべきではない.“諦”である.」
(前掲書、『過激な隠遁 高島野十郎評伝』、275ページ)


註 諦(たい) 真実にして明らかなこと。悟り。明らかにする。



 自分自身を日々浄化させ、無垢の状態で心の目を開き対象と向き合うためには、孤独の場所を作り、それを愛さなければなりません。集団に属することは彼にとって邪念であり、またそうでなければ次のような慈愛に満ちた闇の絵は描けないでしょう。



満月 

高島野十郎:『満月』(1963年)




 野十郎の手紙の中に次のような一節があります。

「小生の研究はただ自然があるのみで古今東西の芸術家の後を追ひ、それ等の作品を研究参考するのでありませんし、反對にそれ等と絶縁して全くの孤独を求めてゐるのですから、例へば名画の参考品を送つて下さつても何の役にも立ちません。(中略)
以前、武蔵野の寫眞集を送つて来られましたが、あれなど全くの無意義でした。高いお金を使はれたらしいが、それで小生寸分の得る処、受ける処ありませんでした。
今、上野で西洋名画展をやつてゐる事知つてゐますが、行つて見る気少しもありません。そこに何か小生の参考になりそうなものあると思へるなら、近くもあるし一度でも二度でも行つて見ます。然しそこに何も求めて居ませんし見に行く暇と費用があれば、山の雪の中、野の枯草の中に歩き行きます。
世の画壇と全く無縁になる事が小生の研究と精進です。」
(昭和41年2月25日付 原文に若干の読点等を付加した)
(2008年、求龍堂、高島野十郎『高島野十郎画集 作品と遺稿』、223ページ)



 あらゆる執着から訣別し、俗世間に媚びることなく、質素な生活を送り、一生涯独身を貫き、ただひたすらに描き続けた野十郎の生き様が感じられます。芸術に対し、また自分自身に対し、これほどまでに独り真摯に闘う姿に畏敬の念を覚えます。何かを創造するためには、孤独に耐え、生みや育ての苦楽を味わい、苦汁を隠しながら真実を明らかにする勇気を持つこと、そしてこれらの底流に横たわる心の拠り所とする自分が信じる神(宗教とは限らない)の存在が、信念を抱き続けることを強固たるものにしているのだと思います。



「冥土への一路.藝術の眞諦.」
(前掲書、『過激な隠遁 高島野十郎評伝』、285ページ)




高島野十郎






参考文献

・多田茂治『野十郎の炎』(弦書房 2006年)
・川崎 浹『過激な隠遁 高島野十郎評伝』(求龍堂 2008年)
・高島野十郎『高島野十郎画集 作品と遺稿』(求龍堂 2008年)










(2009年執筆)




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[ 2011/01/26 15:54 ] 美術 | TB(1) | CM(0)

自家製漬物&味噌蔵

 今日は私の自慢の蔵をご紹介いたしましょう。
 日々愛情込めて育てている心身共にやさしい菌たちです。

蔵





蔵上段:
糠床、粕味噌床、にんにく味噌床、粕床、乳酸菌培養水、パプリカ酵母乳酸菌×2、切干大根酵母乳酸菌、玉ねぎ酵母乳酸菌、レンコンのローズマリー風味ピクルス

蔵上段





蔵中段:
生玄米ヨーグルト×2、柿の非加熱ジャム、柿酵母乳酸菌、バナナとクコの実酵母乳酸菌×2、バナナの非加熱ジャム、レモンはちみつ漬け、ゆずはちみつ漬け

蔵中段





蔵下段:
おから床、味噌(昨年9月より熟成中)

蔵下段



 …なんだか所帯染みているようではずかしいですが、青果食品の見切り品をゲットしてはこのように醗酵させて楽しんでいます。床(とこ)だけでも5種類(糠、粕、粕味噌、にんにく味噌、おから)管理しています。よって我が家は瓶だらけですが、空き瓶を見つけては、さて何の瓶詰を作ろうか…と想像するだけでもワクワクします。

 メインのおかずはいつもこんな調子で、一汁一菜の玄米菜食が基本です。パスタなどおしゃれな料理はその気になれば作れないこともないのですが、なにせズボラなので専らローフード保存食中心になっています。

 ちなみにスーパーで真っ先に行く大好きなコーナーは乾物売り場で、大豆や小豆、黒豆、ひたし豆、ひよこ豆、虎豆、うずら豆、花豆などを袋越しに鑑賞した後、青果売り場の見切り品をさり気なくチェックするのがお決まりコースです。 これもまた色気なしですね。


嫁入り前なので、ここだけの話ですョ。


蔵造り管理人:森山華伊





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[ 2011/01/22 21:30 ] 日記 | TB(1) | CM(0)

森へお散歩

いつもモノクロの記事ばかりなので、今日はポップにいきましょう。

これは2007年制作のビーズバッグ、『森へお散歩』(縦15cm×横13cm/底8cm×8cm)です。
画像をクリックしていただくと大きくなります。

森へお散歩1

中途半端に余ったビーズを集め、絵柄や配色、ビーズのサイズ等をパズルを合わせるように計算しながら、一粒一粒ステッチし作りました。
まるで、冷蔵庫の余りもので何が作れるかを考えて料理する感覚と似ています。



絵柄アップ

煉瓦を並べたような配置になる「ペヨーテステッチ」は、織り機を使わず針と糸のみで編む代表的なステッチです。
絵柄は上段から、クマ、ハート、小鳥、小花です。



デービットビーズ

このコロンとした留め具は「デービットビーズ」といって、一つの大きなビーズを、組み合わせた小さなビーズで包んでいます。
近似色の配色にすると失敗はない代わりに面白味がなくなりますが、このように相対色の配色にすることでキュートでビビットな楽しさがでます。





カミーユ・サン=サーンス:『動物の謝肉祭』 Le carnaval des animaux から

第14曲 Finale
Molto Allegro 4/4拍子 ハ長調






ちょっと冒険心がくすぐられませんか?

森へお散歩2






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[ 2011/01/17 12:31 ] 手芸 | TB(0) | CM(0)

モーツァルト:交響曲第38番 『プラハ』

モーツァルト:交響曲第38番 ニ長調 K.504 『プラハ』




モーツァルト像:バルバラ・クラフト作(1819年)






【概 要】
 歌劇 『フィガロの結婚』 の初演の前夜、1787年1月19日にプラハにて、モーツァルト自身の指揮により初演された。現在 『プラハ』 と呼ばれるこの交響曲は、前年の12月6日にウィーンで完成されたものである。 『フィガロ』 と同時期に作曲され、特に旋律において深い関連性が認められる。第一楽章第一主題の対旋律は、 『フィガロ』 のアリア 「もう飛ぶまいぞこの蝶々」 から、第二主題は、スザンナのアリア 「さあさあ、おひざをついて」 における木管の伴奏部からとられている。また、第三楽章第一主題は、やはり第二幕のスザンナとケルビーニの二重唱 「早く開けて」 におけるオーケストラ前奏と全く同じように始まる。
 1783年に作曲した交響曲第36番 『リンツ』 はモーツァルト自身の交響曲で初めて序奏を付けたが、同じく緩やかな序奏を置いた 『プラハ』 では、より完成された形をとっている。全体においても対位法的手法を巧みに駆使し、非常に立体的な構成をとっており、これにつづく、いわゆる 「後期3大交響曲」 と並ぶ、モーツァルトの最高傑作といえるだろう。


【構 成】
 メヌエット楽章なしの三楽章構成。全楽章ともにソナタ形式で、第一楽章に序奏部を有する。


【楽器編成】
 フルート2、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部


【楽曲分析】

指揮:カール・シューリヒト
演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1960年8月14日(ザルツブルク音楽祭)



※ 以下、[]内は小節数、()内は小節数量、〔〕内はトラック時間を示す。



第一楽章 アダージョ~アレグロ ニ長調 4/4拍子

ソナタ形式(序奏部付き) [1~302](302)〔0:02~9:47〕
 提示部 [1~142](142)〔0:02~5:34〕
  導入 [1~36](36)〔0:02~2:52〕
   第一群 [1~15](15)〔0:02~1:13〕
   第二群 [16~36](21)〔1:13~2:52〕
  第一主題の提示 [37~45](9)〔2:52~3:04〕
  第一主題の確保 [46~54](9)〔3:04~3:17〕
  推移 [55~96](42)〔3:17~4:20〕
   第一群 [55~70](16)〔3:17~3:41〕
   第二群 [71~96](26)〔3:41~4:20〕
  第二主題の提示 イ長調 [97~104](8)〔4:20~4:33〕
  第二主題の確保 [105~120](16)〔4:33~5:00〕
  推移 [121~129](9)〔5:00~5:14〕
  コーダ [130~142](13)〔5:14~5:34〕

 展開部 [143~207](65)〔5:34~7:15〕
  第一群 [143~161](19)〔5:34~6:03〕
  第二群 [162~188](27)〔6:03~6:44〕
  第三群 [189~207](19)〔6:44~7:15〕

 再現部 [208~302](95)〔7:15~9:47〕
  第一主題の再現 [208~216](9)〔7:15~7:28〕
  確保的推移 [217~243](27)〔7:28~8:11〕
  第二主題の再現 ニ長調 [244~251](8)〔8:11~8:25〕
  第二主題の確保 [252~269](18)〔8:25~8:55〕
  推移 [270~282](13)〔8:55~9:15〕
  コーダ [283~302](20)〔9:15~9:47〕


 


第二楽章 アンダンテ ト長調 6/8拍子

ソナタ形式 [1~148](148)〔0:00~9:29〕
 提示部 [1~58](58)〔0:00~3:37〕
  第一主題 [1~8](8)〔0:00~0:30〕
  推移 [9~34](26)〔0:30~2:08〕
   第一群 [9~18](10)〔0:30~1:09〕
   第二群 [19~26](8)〔1:09~1:38〕
   第三群 [27~34](8)〔1:38~2:08〕
  第二主題 ニ長調 [35~45](11)〔2:09~2:47〕
  推移 [46~54](9)〔2:47~3:24〕
  コーダ [55~58](4)〔3:24~3:37〕

 展開部 [59~93](35)〔3:37~5:58〕
  コーダのパッセージ [59~63](5)〔3:37~4:00〕
  第一主題 ハ長調 [64~71](8)〔4:00~4:35〕
  推移(第一群)の素材 [72~73](2)〔4:36~4:46〕
  第一主題 ニ短調 [74~77](4)〔4:47~4:59〕
  推移(第一群)の素材 [78~79](2)〔4:59~5:09〕
  第一主題 ホ短調 [80~83](4)〔5:10~5:20〕
  推移(第一群)の素材 [84~93](10)〔5:20~5:58〕

 再現部 [94~148](55)〔5:59~9:29〕
  第一主題 [94~97](4)〔5:59~6:11〕
  推移 [98~121](24)〔6:11~7:42〕
  第二主題 ト長調 [122~132](11)〔7:42~8:21〕
  推移 [133~141](9)〔8:21~9:00〕
  コーダ [142~148](7)〔9:01~9:29〕





第三楽章 フィナーレ,プレスト ニ長調 2/4拍子

ソナタ形式 [1~350](350)〔0:00~3:36〕
 提示部 [1~151](151)〔0:00~1:31〕
  第一主題の提示 [1~16](16)〔0:00~0:10〕
  第一主題の確保 [17~30](14)〔0:10~0:17〕
  推移 [31~65](35)〔0:18~0:38〕
   第一群 [31~46](16)〔0:18~0:27〕
   第二群 [47~65](19)〔0:27~0:38〕
  第二主題の提示 イ長調 [66~81](16)〔0:39~0:48〕
  第二主題の確保 [82~97](16)〔0:49~0:58〕
  推移 [98~119](22)〔0:58~1:12〕
  コーダ [120~151](32)〔1:12~1:31〕

 展開部 [152~215](64)〔1:32~2:11〕
  第一主題第一動機の展開による

 再現部 [216~350](135)〔2:11~3:36〕
  第一主題の再現と確保 [216~227](12)〔2:11~2:18〕
  推移 [228~262](35)〔2:19~2:40〕
  第二主題の再現 ニ長調 [263~278](16)〔2:40~2:50〕
  第二主題の確保 [279~294](16)〔2:50~3:00〕
  推移 [295~316](22)〔3:00~3:14〕
  コーダ [317~350](34)〔3:14~3:36〕

参考資料
CD
・カール・シューリヒトの遺産 モーツァルト:交響曲第36番ハ長調『リンツ』/交響曲第38番ニ長調『プラハ』 カール・シューリヒト指揮/パリ・オペラ座管弦楽団 録音:1961年11月(第36番)、1963年6月(第38番)パリ (コロムビア/COCO-6585)
スコア
・ZEN-ON SCORE MOZART SYMPHONIE 38 D dur K.504 モーツァルト 交響曲第三十八番 ニ長調 K.504 《プラーグ》 全音楽譜出版社(ISBN4-11-890403-9)





【私の愛聴盤】

シューリヒト/パリ・オペラ座管:『プラハ』 シューリヒト 10 CD BOX


 シューリヒト/パリ・オペラ座管の 『プラハ』 を初めて聴いたのは、私が高校1年生の時であった。これまで、モーツァルトの音楽をつまらなく感じていたが、この演奏を聴いて音楽の躍動感や寂寥感、繊細なニュアンスや大胆な推進力…、目まぐるしく移ろう音の情景の中で多くを知る。私にとってこの演奏は、音楽道の分岐点となった貴重な出会いであり、以後シューリヒトの音楽を敬愛するに至る。













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[ 2011/01/13 11:34 ] 楽曲分析 | TB(3) | CM(0)

月光とピエロ

玉乗りピエロ1 








男声合唱組曲 『月光とピエロ

作詞:堀口大學
作曲:清水 脩
指揮:福永陽一郎
合唱:日本アカデミー合唱団







月 夜

月の光の照る辻に
ピエロさびしく立ちにけり。

ピエロの姿白ければ
月の光に濡れにけり。

あたりしみじみ見まわせど
コロンビイヌの影もなし。

あまりに事のかなしさに
ピエロは涙ながしけり。





秋のピエロ


泣き笑いしてわがピエロ
秋じゃ!秋じゃ!と歌うなり。

Oの形の口をして
秋じゃ!秋じゃ!と歌うなり。

月のようなる白粉の
顔が涙を流すなり。

身すぎ世すぎの是非もなく
おどけたれどもわがピエロ

秋はしみじみ身に滲みて
真実なみだを流すなり。





ピエロ

ピエロの白さ!
身のつらさ!

ピエロの顔は
真白け!

白くあかるく
見ゆれども

ピエロの顔は
さびしかり!

ピエロは
月の光なり!

白くあかるく
見ゆれども

月の光は
さびしかり!


 




ピエロの嘆き

かなしからずや身はピエロ、
月の孀の父無児!
月はみ空に身はここに、
身すぎ世すぎの泣笑い!





月光とピエロとピエレットの唐草模様

月の光に照らされて
ピエロ、ピエレット
踊りけり、
ピエロ、ピエレット。

月の光に照らされて
ピエロ、ピエレット
歌いけり、
ピエロ、ピエレット。

踊りけり、
ピエロ、ピエレット
歌いけり、
ピエロ、ピエレット。

踊りけり、
歌いけり、
ピエロ、ピエレット。
ピエロ、ピエレット。

月の光に照らされて
ピエロ、ピエレット。
ピエロ、ピエレット。
月の光に照らされて。



玉乗りピエロ2 玉乗りピエロ3
ネックレス 『玉乗りピエロ』
制作:2004年
素材:銀/ガラス(チェーンは銀古美)










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[ 2011/01/11 22:14 ] 手芸 | TB(0) | CM(0)

自家製糠床&粕味噌床

これは、私がいつも世話をしている糠床です。
今は大根を漬けています。

糠床




こちらは、先ほど仕込み終えたばかりの粕味噌床です。
レンコンとタケノコを漬けています。
初挑戦なので、うまくできるか心配です。

粕味噌床




昨年9月6日に仕込んだお味噌は、
赤味噌にまで熟成させたいので、
一年間じっくり寝かせるつもりです。
今度は味噌床と粕床を、梅が出回る季節になったら、
梅干しも作ってみたいと思っています。
成功したらお披露目いたしましょう。



上掲の糠床を、先日の大晦日に帰省の際、
大きなバケツごと担いできた私を見て、
家族は呆れながらも皆で大笑いしました。
車ならまだしも、電車やバスを乗り継いでのことですから、
玄関を出る前はそれなりの気合いが必要でした。
…と言っても、一時間ほどの距離です。
糠床は毎日の手入れがかかせないので仕方ありませんが、
この場合は糠をジッパーに入れて冷凍保存しておくと良いです。
また自然解凍すれば、糠漬けができます。
ただ私は、実家でも糠漬けをしたかったので、
旅を共にしたというわけです。

それにしても、手のかかる糠床は愛着が湧きかわいいです。
糠床から生まれ変わった糠漬けも、とってもかわいいです。
なぜか糠漬けの味は、家族には不評でしたが、
自分の子供はどんなに不美人でもかわいいものなのだと、
糠床の世話を通してわかりました。
私に色々なことを教えてくれる、奥床しい糠床です。







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[ 2011/01/09 23:17 ] 日記 | TB(2) | CM(0)

ジョスランの子守唄 "Berceuse" from Jocelyn

今日は、ゴダール作曲の 『ジョスランの子守唄』 を聴き比べてみましょう。



バンジャマン・ゴダール(1849 – 1895)作曲
ジョスランの子守唄
Benjamin Godard:Berceuse from Jocelyn




ジョスランの子守唄

唄:ビング・クロスビー
ヴァイオリン:ヤッシャ・ハイフェッツ






ジョスランの子守唄


憂き悩みの幾夜さを
過ぎて今宵
汝れと泰く眠る伏屋
胸に願事唱へつ
寂しき 星を見る

オ、夢覚るなよ
天使守りませば
恵みにつつまれて
眠れ、わがいとし娘よ
ねむれ、夜をこめて
マリアよ、まもりませ


唄:松原 操(ミス・コロムビア)
訳詩:妹尾幸陽
作曲:ゴダール
編曲:仁木他喜雄
録音:1935年







ジョスランの子守唄

演奏:THE CELEBRITY TRIO






ジョスランの子守唄

ソプラノ:サマー・ワトソン
指揮:ニック・イングマン
演奏:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団






ジョスランの子守唄

唄:リア・オリゴーニ




同じ曲でも、楽器編成や歌手、奏者、表現方法により
こんなにも趣が異なる音楽に聴こえます。
それが、音楽の面白さ、奥深さ、可能性なのでしょう。

あなたはどの演奏が好きですか?
私は、この中ではミス・コロムビアの唄が好きです。
26歳の時に彼女の唄声と出会ってから、
自分自身の子守唄にしています。
日本の古き良き時代を感じます。
(70年代生まれの私が言うのも変ですが…)

巷に流れる最近の音楽は、私はあまり好みません。
どれも使い捨ての雑な音楽に聴こえてなりません。
歌う表情から苦しそうで、こちらまでそれが移り疲れます。
良し悪しは置いておいて、好き嫌いでの話では、
やはり私が思うに、音楽も映画も60年代初期までのものが良いです。
言葉も身のこなしも色彩も、題材もテンポも展開も、
現在と比べものならないほど気品や真心があります。
しかし今を生きる者として、一応現代のアートシーンは気にしつつも、
内心はこのような反発心を抱え、
昔の美しい音楽に惹かれてしまう私です。
ようやく恐れなく本音が言えるような年頃になり、
少し楽になりました。






中原淳一

挿絵:中原淳一










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[ 2011/01/08 11:23 ] 音楽鑑賞 | TB(0) | CM(0)

一杯のコーヒーから

7年程前に制作のコーヒーカップ型のリング、 『コーヒーはいかが?』 です。

コーヒーはいかが?



素材は銀(コーヒーカップ&ソーサー)と金(コーヒー)です。

コーヒーはいかが?サイド



ほらほら、ちゃんとスプーンもついてますよ!

コーヒーはいかが?トップ









…だのに角砂糖とミルク、うっかり忘れちゃいました。(^_^;)

え?ブラック党ですか?

よかったぁ~。




では、ごゆっくりと…





一杯のコーヒーから (1939年)

作詞:藤浦  洸
作曲:服部良一


一杯のコーヒーから
夢の花咲くこともある
街のテラスの夕暮に
二人の胸の灯し火が
チラリホラリと つきました

一杯のコーヒーから
モカの姫君 ジャバ娘
唄は南のセレナーデ
貴女と二人 ほがらかに
肩を並べて 唄いましょう

一杯のコーヒーから
夢はほのかに 香ります
赤い模様の アラベスク
あそこの窓の カーテンが
ゆらりゆらりと ゆれてます

一杯のコーヒーから
小鳥さえずる 春も来る
今宵二人の ほろにがさ
角砂糖二つ入れましょうか
月の出ぬ間に 冷えぬ間に






唄:霧島 昇/ミス・コロムビア
録音:1938年





カフェの女

竹久夢二:『カフェの女』







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[ 2011/01/07 20:04 ] 手芸 | TB(1) | CM(0)

チャペルの鐘の音

幻想交響曲』 の「サバトの夜の夢」に登場するグレゴリオ聖歌

「ディエス・イレ」からイメージし、8年程前に制作したブローチ、

『チャペルの鐘の音』 です。

チャペルの鐘の音

素材は銀ですが、十字架には金箔をのせてあります。

鐘に見立てて鈴をつけました。

ベルリオーズは死者の弔いの鐘として「低く響く音」を求めましたが、

このチープな鈴の音では、あの不気味で奇天烈な音楽とは

甚だミスマッチです。

もっとおどろおどろしいチャペルを表現したかったのですが。。。

ここは 『幻想交響曲』 ファンに免じ、ご愛嬌ということで…。



概要
プログラム
楽曲分析


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[ 2011/01/06 21:02 ] 手芸 | TB(0) | CM(0)

イデー・フィクス

『幻想交響曲』 好きが高じて、4年程前に制作したシルバーリング、
『イデー・フィクス』 です。

イデー・フィクス(トップ)

情熱的なこの石は、ロードクロサイト(インカローズ)と言い、
『幻想交響曲』の狂おしく恋をするイメージにぴったりだと思い選びました。
レースのような石留めと燻し銀により、夢幻的アンティーク感を出しました。





イデー・フィクス(サイド)

リングのサイドには、恋人のメロディ「イデー・フィクス」が
冒頭の8小節分彫られています。
『幻想交響曲』 好きにはたまりませんが、マイノリティーでしょう。
またそれがいいのです。



概要
プログラム
楽曲分析





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[ 2011/01/05 19:25 ] 手芸 | TB(1) | CM(0)

幻想交響曲 3/3

ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14 ある芸術家の生涯の挿話
Symphonie fantastique,Op.14
Épisode de la vie d'un artiste, symphonie fantastique en cinq parties


指揮:シャルル・ミュンシュ
演奏:ボストン交響楽団
録音:1962年4月17日




第一楽章:「夢―情熱」 Rêveries, Passions
 長いラルゴの序奏をもつソナタ形式。序奏部では若い芸術家が愛する人に巡り合う前の憧憬を表し、やがて提示部に入るとフルートとヴァイオリンによってゆったりとした旋律が現れます。これが恋人を表す「イデー・フィクス」(第一主題)です。

* 以下[]内は小節、()内はトラック時間を示します。

第一楽章:「夢―情熱」
ラルゴ ハ短調 4/4拍子 ―アレグロ・アジタート・エ・アパッショナート・アッサイ ハ長調 2/2拍子 

ソナタ形式(導入部付)
 序奏部[第1~71小節](0:07~5:10)
 提示部[第72~167小節](5:10~6:30)
  第一主題=「イデー・フィクス」[第72~111小節](5:10~5:43)
  第二主題[第150~166小節](6:17~6:29)
 展開部[第166小節~](6:30~)
  「イデー・フィクス」[第238~278小節](7:29~8:07)
  第二主題に基づく第一のフガート[第311~328小節](8:35~8:49)
  第二のフガート[第329小節~](8:50~)


下記へ続く~







~第一楽章の続き
 展開部[~第409小節](~1:22)
  第二のフガート[~第357小節](~0:29)
  オーボエによる「イデー・フィクス」(模倣対位法)[第358~409小節](0:29~1:22)
 再現部[第410~474小節](1:22~4:01)
  第一主題=「イデー・フィクス」の再現(主調)[第410~438小節](1:22~1:44)
  アニメ(animez)から著しい転調と加速[第439~450小節](1:44~1:53)
  「イデー・フィクス」に基づく模倣的パッセージ[第451~460小節](1:53~2:08)
  アニメ[第439小節](1:44)からの部分的再現及び拡張[第461~474小節](2:08~2:17)
 コーダ[第475~525小節](2:17~4:01)
  第一コーダ[第475~491小節](2:17~2:29)
  第二コーダ[第492~525小節](2:29~4:01)
   「イデー・フィクス」[第503~525小節](2:59~4:01)



第二楽章:「舞踏会」 Un bal
 にぎやかな舞踏会で彼は恋人の姿を見かけるありさまを表現しています。交響曲にワルツをいれることは当時では異例でした。序奏部では弦のトレモロやハープによって人々のざわめきをえがいていますが、主部Aからワルツの旋律がはじまります。そしてフルートとオーボエがイデー・フィクスを変化させて、恋人が踊っているさまを描いています。

第二楽章:「舞踏会」
ワルツ アレグロ・ノン・トロッポ イ長調 3/8拍子

ABA形式
 序奏部[第1~38小節](4:53~5:25)
  舞踏会が始まる前の情景 イ短調―イ長調
 [第39~121小節](5:25~6:53)
  優美な3拍子のワルツ
 [第121~175小節](6:53~7:48)
   木管楽器:ワルツ・バージョンの「イデー・フィクス」 ヘ長調[第120~160小節](6:53~7:32)        
   弦楽器:第一楽章の伴奏音形[第120~128小節](6:53~7:01)及びワルツの旋律の断片・リズム[第129~156小節](7:01~7:28) 
 [第176~256小節](7:48~9:14)
  Aの再現 伴奏やオーケストレーション、ワルツの主題の拡大
 コーダ[第257小節~](9:14~)


※ 旋律の重ね合わせ(ベルリオーズ特有の手法)
下記へ続く~


  




~第二楽章の続き
 コーダ[~第368小節](~1:20)
  クラリネットによるワルツ・バージョンの「イデー・フィクス」の断片[第302~319小節](0:35~0:54)



第三楽章:「野の風景」 Scène aux champs
 ある夏の夕べ、野辺で二人の牧童が吹く笛の音が聴こえます。主部Aから田園的な主旋律がフルートとヴァイオリンで奏されかすかな希望が芽生えますが、Bから音楽は激しくなり、恋人への揺れる心、「もし彼女が裏切ったら」という不安に駆られます。曲の終りちかく牧童の一人が笛を吹きますが答えがかえってきません。日は没し、雷鳴がとおくに聞こえ、孤独と静寂に包まれます。

第三楽章:「野の風景」
アダージョ ヘ長調 6/8拍子

ABA形式
 序奏部[第1~19小節](1:37~3:15)
  舞台上イングリシュ・ホルンと舞台裏オーボエの二重奏 
 [第20~87小節](3:15~7:45)
  「イデー・フィクス」と輪郭が類似した第一ヴァイオリンとフルートによる主要主題[第20~32小節](3:15~4:05)
 [第88小節~](7:45~)
  木管による変形された「イデー・フィクス」[第90~102小節](7:54~8:32) 
 
下記へ続く~







~第三楽章の続き
 [~第116小節](~0:10)
 [第117~149小節](0:10~2:31)
  弦楽器のPPP ピッツィカートで奏されるAの主要主題の変奏[第117~130小節](0:10~1:03)及びクラリネットによる新たな対旋律[第119~130小節](0:18~1:03)
  主要主題 ハ長調[第131~138小節](1:03~1:34)
 コーダ[第150~199小節](2:31~5:15)
  第一コーダ[第150~174小節](2:31~3:06)
    弦楽器:主要主題の断片
    管楽器:「イデー・フィクス」の断片
  第二コーダ[第175~199小節](3:06~5:15)
   イングリッシュ・ホルンが序奏部の旋律を吹くがオーボエの答えはない
   4台のティンパニを4人が奏する遠雷の描写

※ 旋律の重ね合わせ



第四楽章:「断頭台への行進」 Marche au supplice
 自分の恋が認められないことに絶望しアヘンを飲んだ芸術家が、眠りの中で見る悪夢・幻想。彼は恋人を殺して死刑を宣告され、断頭台へ向かっていきます。弦とティンパニのリズムにのった重々しい行進のあと、チェロとバスに決然とした旋律が示されます。行進は次第に力を増し全合奏によって堂々たる主題を奏します。最後の瞬間にふと恋人の面影が浮かびますが(クラリネットによる「イデー・フィクス」)、次の瞬間、ギロチンの一撃によって断たれます。首は転がり落ち(弦のピッツィカート)、あたりは騒然となります。

第四楽章:「断頭台への行進」
アレグレット・ノン・トロッポ ト短調 4/4拍子 

自由なロンド形式
 序奏部[第1~17小節](5:39~6:03)
 第一主題部[第17~61小節](6:03~6:59)
 第二主題部[第62~77小節](6:59~7:19)
 第一主題部[第78~88小節](7:19~7:32)
 第二主題部[第89~104小節](7:32~7:52)
 第一主題部[第105~139小節](7:52~8:35)
 コーダ[第140小節~](8:35~)
  クラリネットによる4小節の「イデー・フィクス」[第164~168小節](9:00~9:06)
  ギロチン[第169小節](9:06)
  転がる首[第169小節](9:07~9:08) 
  歓声[第170小節~](9:09~)

下記へ続く~






~第四楽章の続き
 コーダ[~第178小節](~0:11)
  歓声[~第178小節](~0:11)



第五楽章:「サバトの夜の夢」 Songe d'une nuit du Sabbat
 悪夢の続きで、「異様な物音」や「うめき声」の描写から始まります。彼は自分の葬式に集った怪物や魔物たちとともに、恐ろしい魔女たちの夜宴(サバト)に翻弄されます。そこに恋人が現れ、「恋人の到着を喜ぶ亡霊や魔女や化け物たちのわめき声」を表すtutti(全合奏)が力強く鳴り響き、すっかりかつての気品を失った恋人「イデー・フィクス」が現れます。弔いの鐘が鳴りグレゴリオ聖歌「ディエス・イレ(怒りの日)」が奏でられ、やがて急速な「サバトのロンド」が弦楽部に始まり発展して二重フーガになります。そしてクライマックスは弦による「サバトのロンド」と管による「ディエス・イレ」が並行していきます。続いて不気味なコル・レーニョ、さらに狂乱なクライマックスが築きあげられます。

第五楽章:「サバトの夜の夢」

自由なソナタ形式
 序奏部[第1~101小節](0:24~3:12)
  ハ長調 6/8拍子に変形されたクラリネットによる「イデー・フィクス」[第21~28小節](1:45~1:53)
  tutti[第29~39小節](1:53~2:01)
  小クラリネットによる「イデー・フィクス」[第40~64小節](2:03~2:34)
 提示部[第102~304小節](3:12~5:55)
  弔鐘[第102~223小節](3:12~4:47)
  後に「サバトのロンド」の主題の断片に使われるヴィオラによる動機[第107~121小節](3:16~3:28)
  「ディエス・イレ」 ファゴットとオフィクレイドによる[第127~240小節](3:35~5:02)
  「サバトのロンド」[第241~305小節](5:02~5:55)
   提示部[第241~268小節](5:02~5:26)
   エピソード[第269~288小節](5:26~5:42)
   対比提示部[第289~305小節](5:42~5:55)
 展開部[第305~406小節](5:55~6:56)
  「ディエス・イレ」を含む展開[第348~362小節](6:27~6:40)
  「サバトのロンド」の主題の変形にもとづくフガート[第355~385小節](6:33~6:56)
 再現部[第407~524小節](6:56~8:10)
  弦楽器による「サバトのロンド」の提示 ハ長調[第403~414小節](7:09~7:16)
   管楽器:「ディエス・イレ」[第414~435小節](7:16~7:33)           
   弦楽器:「サバトのロンド」[第414~421小節](7:16~7:23)
  コル・レーニョ(弓の木の部分で打つ奏法)[第444~460小節](7:40~7:52)  
  「ディエス・イレ」の断片[第486~490小節](8:11~8:15)
  「サバトのロンド」の断片[第490~495小節](8:15~8:19)
 コーダ[第496~524小節](8:19~8:47)
  「サバトのロンド」の変形[第496~524小節](8:19~8:47)
  
※ 主題の重ね合わせ




参考資料
C D
・ベルリオーズ:幻想交響曲|メンデルスゾーン:真夏の夜の夢/ピエール モントゥー指揮、ウィーン フィルハーモニー管弦楽団 録音:1957-1958年(デッカ UCCD-7107 TBID:80EYFVI9A)
・ベルリオーズ:幻想交響曲/シャルル・ミュンシュ指揮、パリ管弦楽団 録音:1967年(EMI TOCE-14001)
・ベルリオーズ:幻想交響曲|序曲「ローマの謝肉祭」|劇的物語「ファウストの却罪」/エルネスト・アンセルメ指揮、スイス・ロマンド管弦楽団 録音:1964-1967年(LONDON 223E 1135)
・ベルリオーズ:幻想交響曲/サー・ジョン・バルビローリ指揮、ハレ管弦楽団 録音:1947年

スコア
・BERLIOZ SYMPHONIE FANTASTIQUE Op.14/MINIATURE SCORES OGT235 音楽之友社(ISBN4-276-91875-8)




概要
プログラム





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[ 2011/01/04 11:19 ] 楽曲分析 | TB(0) | CM(0)

幻想交響曲 2/3

ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14 ある芸術家の生涯の挿話
Symphonie fantastique,Op.14
Épisode de la vie d'un artiste, symphonie fantastique en cinq parties



~ プログラム


はしがき
 作曲者はある芸術家の生涯のさまざまな状況を、それらが音楽的な要素をもっている限りにおいて詳しく描くことを目的とした。この器楽によるドラマの筋立てというものは、言葉の助けがないのであるから、前もって提示される必要がある。したがって、以下のプログラム1)  は オペラの台詞のテキストのようにみなされるべきであり、それぞれの楽曲を準備し、それらの性格や表現を説明するのに役立つのである。


第一楽章
夢 ― 情熱
 作者が想定したのは、ある高名な作家が「情熱のうねり」と呼んだ精神面の病に悩まされているひとりの若い音楽家が、夢に描いていたあらゆる魅力を一身に備えた理想の女性を見初めて、狂おしいほど恋こがれるようになるということである。奇妙なことに、恋人の姿はこの芸術家の頭のなかにつねに一つの楽想と結びついて現れる。彼はその楽想のなかに、愛する人に与えたのと同じ性格――情熱的ではあるが、高貴で控え目な性格を見出す。
 この旋律的な反映像は、そのモデルとともに、二重のイデー・フィクス〔固定観念〕として絶えず彼につきまとう。そのため、この交響曲のすべての楽章で、最初の「アレグロ」を開始する旋律がつねに現れるのである。このメランコリックな夢の状態が、理由のない歓喜が何度か爆発することによって中断され、錯乱した情熱の状態へと移っていき、怒りや嫉妬の衝動を見せ、もとの優しさに戻り、さらに、涙、宗教的な慰めが現れるというのが、第一楽章の題材である。


第二楽章
舞踏会
 この芸術家は非常に変化に富んだ状況に置かれる。「祭りの喧騒」のなかにいたり、自然の美しさを心静かに眺めたりするのである。だが、街でも、野原でも、どこにいようと恋人のイメージは彼の前に姿を現わし、彼の心を騒がせる。


第三楽章
野の情景
 ある日の夕方、彼は野原で、二人の羊飼いが「ラン・デ・ヴァッシュ〔牛追い歌〕」を吹き交わしているのを遠くに聞く。この羊飼いの二重奏、周囲の風景、風に優しくそよぐ木々の軽いざわめき、彼が最近感じはじめた希望の理由、これらすべてがいっしょになって、彼の心にいつにない静けさをもたらし、彼の思考により喜ばしい色彩を与える。彼は自分の孤独について思いをめぐらす。彼はやがてひとりぼっちでなくなることを願う・・・・・・だが、もし彼女が裏切ったら!・・・・・・希望と疑惑のこの混じり合い、いくぶん暗い予感に邪魔されるこの幸福の思いが、「アダージョ」の題材となっている。最後に、羊飼いの一人がラン・デ・ヴァッシュをふたたび吹くが、もう一人はもはや答えない・・・・・・遠雷の轟き・・・・・・孤独・・・・・・静けさ・・・・・・


第四楽章
断頭台への行進
 自分の愛が報いられないと悟った芸術家はアヘンで服毒自殺を計る。麻薬が、致死量に足りなかったために、彼は眠りのなかで非常に恐ろしい光景を見る。彼は夢のなかで、愛する女性を殺し、有罪を宣告され、処刑場に連れていかれ、「自分自身の処刑」に立ち会う。行列はあるときは陰気で荒々しく、あるときは輝かしく荘厳な行進曲を伴って進む。この曲では、重々しい歩みの鈍い物音が突然非常に騒がしい響きへと変わる。行進曲の最後で、「イデー・フィクス」の最初の4小節がふたたび現れる。致命的な一撃によって断ち切られる愛の最後の思いのように。


第五楽章
サバトの夜の夢
 彼はサバト〔魔女たちの夜宴〕の席で、恐ろしい亡霊や、魔女や、あらゆる化け物たちに囲まれている自分の姿を見る。彼の葬式に集まってきたのである。異様な物音、うめき声、けたたましい笑い声、遠くの叫び声、それに答えるような笑い声。恋人の旋律がふたたび現れるが、高貴で控え目な性格は失われている。それはもはや下劣で、野卑で、グロテスクな踊りの旋律でしかない。これがサバトの席に姿を現した彼女なのだ・・・・・・彼女の到着を喜ぶわめき声・・・・・・彼女はこの悪魔的な乱痴気騒ぎに加わる・・・・・・弔いの鐘、「ディエス・イレ」2) を下賤に茶化したパロディー、「サバトのロンド」が続く。サバトのロンドとディエス・イレがいっしょになる。


 ※) 1845年出版のスコアに掲載された稿。

1) このプログラムを、この交響曲が演奏されるコンサートで聴衆に配布することは、
 作品の劇的なプランの完璧な理解に不可欠である。〔HB(エクトール・ベルリオーズ)〕
2) カトリック教会の葬送の儀式で歌われる讃歌。〔HB〕


(訳:井上さつき)




概要
楽曲分析









[タグ未指定]
[ 2011/01/04 11:01 ] 楽曲分析 | TB(0) | CM(0)

幻想交響曲 1/3

ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14 ある芸術家の生涯の挿話
Symphonie fantastique,Op.14
Épisode de la vie d'un artiste, symphonie fantastique en cinq parties



ベルリオーズ

エクトル・ベルリオーズ


【初 演】
 1830年12月5日フランソワ・アブネックの指揮によるパリ音楽院の演奏会。ロシア皇帝ニコライ一世に、1845年の総譜出版の際に献呈されました。


【標題(プログラム)】
 ベルリオーズの 『幻想交響曲』 は、1830年に作曲された最初の交響曲ですが、ベルリオーズの代表作であるのみならず、交響曲史上際立って重要な位置を占める、初期ロマン派音楽を代表する楽曲です。副題の「ある芸術家の生涯の挿話」の後に続いて、各楽章に表題と内容を説明するプログラムがつけられ、さらにこの交響曲を完結させる続編として、独白劇 『レリオ、あるいは生への復帰』 作品14b が付け加えられました。
 ベルリオーズにとって交響曲は、絶対音楽(単に主題の対比や発展の構成的な美しさをみせる器楽曲)といわれるものではなく、ある物語や情景を中心として創り上げられた器楽の劇あるいは描写的な情景画というものでした。これは彼の交響曲が「標題(プログラム)交響曲」と呼ばれ、十九世紀ロマン派の標題音楽の創始者といわれる所以です。したがって楽章の構成も編成も自由に拡大されて、形式的に拘束された古典的な交響曲から離れた独創的かつ自叙伝的な音楽が生まれました。
 幻想交響曲の特徴を表すキーワードとして、この標題音楽のほかに固定観念(固定楽想/イデー・フィクス)を挙げることができます。標題音楽とは音楽以外の何かを表現することを意図した音楽ですが、固定観念とは、楽曲全体を通して繰り返し現れる主題(旋律)で、これはのちにワーグナーにライトモティーフ(主導動機)を、リストを経て、フランクに循環形式を用いさせる発端となりました。
 標題音楽の先駆者としては、幻想交響曲と同じ五楽章構成で、各楽章に標題を持つベートーヴェンの第6交響曲 『田園』 があげられます。一方、固定観念についても、ベートーヴェンの第5交響曲 『運命』 の一つの動機が姿を変えて複数の楽章に登場することやフィナーレにおける第3楽章の回帰、第9交響曲に見られる第1楽章から第3楽章までの主題の回帰なども、固定観念の先駆的な要素と捉えることができます。しかし、純粋な管弦楽作品で固定観念の技法をこれほどまでに駆使し、しかも自伝的要素を織り込んだという点で独自なものでした。


【自伝的要素】
 イギリスの劇団の主演女優ハリエット・スミッソンは1827年前後、シェイクスピアの作品を演じるためにパリを訪れていました。ベルリオーズは1827年9月11日、『ハムレット』 のオフェーリアを演じた彼女に対し熱烈な恋愛感情を抱きます。熱狂的ファンになったベルリオーズは、その後の 『ロメオとジュリエット』 や 『オテロ』 を観にいきファンレターを送るなどアプローチを続けました。しかし、これはベルリオーズの完全な片思いで、スミッソンにとっては、彼は数多いファンの一人にすぎなかったのです。1830年初頭、ベルリオーズは自分の愛が報われないことを悟ります。絶望と苦悩に打ちひしがれた彼は、スミッソンに対する想いが憎悪に姿を変え、彼女に対する復讐を音楽作品のなかで遂げようとする彼の情熱的で夢幻的な傾向が、創作への原動力となりました。 一方、ちょうどそのころ、ピアニストのカミーユ・モークという女性が彼の前に現れます。 『幻想交響曲』 の作曲時期とモークとの恋愛は一部分は重なっており、失恋と新たな恋との狭間で 『幻想交響曲』 は生まれました。
 なお、ベルリオーズとモークの恋は、彼のイタリア留学中にモークが別の男性と結婚してしまったことで終わりました。その翌年1832年に 『幻想交響曲』 の再演を聴きに来ていたスミッソンと再会し、彼の心に再び火がつき、今度は彼女も受け入れ、翌1833年にベルリオーズとスミッソンは結婚します。ところが、やがて夫婦仲は冷め別居、ベルリオーズは新たな恋人と暮らすようになりました。

スミッソン

ハリエット・スミッソン



【管弦楽法】
 『幻想交響曲』 が作曲された1830年は、ベートーヴェン(1770 - 1827)が亡くなってからわずか3年後ですが、使用楽器や編成数はベートーヴェン時代のものと大きく異なります。交響曲史上初の楽器使用としては、イングリッシュ・ホルン、変ホ調の小クラリネット、コルネット、オフィクレイド(チューバで代用されることが多い)、複数のハープ、鐘です。編成数の拡大としては、4本のファゴット(伝統的数は2本)、2本のチューバ(現代でも大多数は1本)、弦楽器群の大幅な増員(古典的編成の標準、「12型」(6-5-4-3-2プルト)総員40人に対し60人)、奏者4人で4台のティンパニ(伝統的数は1人1対)です。また、イングリッシュ・ホルンと舞台裏のオーボエの空間的配置、コル・レーニョ奏法の使用なども先進的な手法です。このような大編成管弦楽と斬新なまでの楽器使用法は後世に多大なる影響を与えました。これは工業技術の目覚ましい進歩により、楽器が改良され、音量面や機構などで大きく向上したことで成し得たこととはいえ、細かい注釈が添えられた楽譜には、ベルリオーズの並々ならぬ音質への追求と計算尽くされた音量のバランス、其々楽器の特徴を生かした音色の配合など、彼独自の鋭敏な美意識と開拓精神をもって作曲された痕跡が感じ取れます。


【編 成】
 (新ベルリオーズ全集版による) ピッコロ(フルート2番持ち替え)、フルート2、オーボエ2、イングリッシュ・ホルン(オーボエ2番持ち替え)、クラリネット2、小クラリネット(クラリネット1番持ち替え)、ファゴット4、ホルン4、トランペット2、ピストン付きコルネット2、トロンボーン3、オフィクレイド2、ティンパニ4、シンバル、大太鼓、小太鼓、鐘、ハープ(少なくとも4)、弦5部(15-15-10-11-9)










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[ 2011/01/04 10:25 ] 楽曲分析 | TB(4) | CM(0)
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