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音楽レッスン帳

クラシックピアノ・ジャズピアノ・エレキギター・作曲・DTM・オーケストラ・パーカッションのレッスン日記 ♪ 姉妹サイト「ニョキリサ」もよろしくお願いします(๑˃̵ᴗ˂̵)

2012 年夏のピアノ発表会の曲

今日のピアノレッスンで学んだこと

【Clementi】
・正確な強弱。

【J.S.Bach】
・特に響かせる音。
・大きなフレーズ感を出すために、スタッカートは切りすぎず音を離す程度にする。
・多声音楽の各声部の区別をつけるために、音が伸びている声部を良く聴く。
・クリアに聴かせる音。
・テーマ間の間奏部分は音量を抑える。
・拍子感をあらわにしすぎず、横に流れる。
・同じ音型のかたまりが続きかつ音が低くなるところは dim. して収める。
・盛り上がったところの次の同じ音型のかたまりが続くところは高いテンションをキープ。

【Beethoven】
・正確なテンポで。
・計画的にペダリング、奥までしっかり踏む。
・四分音符ではなく、十六分音符の刻みを感じながら弾くと崩れにくいので、音を細分化すると良い。
・rit. したくなるところがあるが、後に続きがある場合はテンポをキープ。
・第二部 Allegro の裏拍から入る左手の第一音は弱く入り、三連音符のように弾かない。
・p は指の上げ下ろしを小さくする。
・弱拍の sf の音の方向は、下ではなく上。
・曲調が変わる始まりのテンポは崩れやすいので特に意識する。


 今日、七月の発表会の出演を正式に決めました。
 「やります」と言ってから、内心(言ってもた・・・)と思いましたが、なんでもはじめは不安がつきものです。
 でもそれを打破しないといつまでも変わることができないので、勇気を出してチャレンジしましょう・・・と、レッスンの帰り道、自分に言い聞かせるのでした。






Clementi/Gradus ad Parnassum Op.44 No.6
J.S.Bach/Das Wohltemperirte Clavier BWV 848 Cis-dur からFUGA
Beethoven/Klaviersonate Nr. 13 op. 27 Nr. 1 Es-dur から1 mov.




[タグ未指定]
[ 2012/04/30 17:25 ] クラシックピアノレッスン | TB(0) | CM(0)

私のお蔵入り企画書

「赤城トライアングルアート」企画書


企画書提出年月日
2009年11月30日(第一版)

目 次
1.赤城トライアングルアート
プロジェクトについて
2.実施概要
3.企画趣旨
4.作品概要
Ⅰ アディクション・かるたコンサート
Ⅱ 赤城おろし・エオリアン・ハープ
5.関連プログラム
Ⅲ バンブー・レインスティック
6.イメージスケッチ
7.実施準備計画
期限
8.実施スケジュール
9.予算
10.来場者及び外部参加者数見込
11.体制
12.特記事項
入院患者の入れ替わりについて
プロジェクト期間中の院内ミーティングについて
病院敷地面積及び体育館床面積
交通手段
13.関連資料(別紙)



1.赤城トライアングルアート

プロジェクトについて

 三角形や楽器の名称という意味をもつトライアングル。「アート」「赤城」「アディクション〈1〉」の頭文字「A」もまた、三角形の形に見える。この「3Aキーワード」を繋げたトライアングルを基盤に、あらたなトライアングルをリンクする次の3種目のプランを提案する。

アディクション・かるたコンサート
 複合メディアによって得られる「詠む」「観る」「聴く」という「感覚」のトライアングル

赤城おろし・エオリアン・ハープ
 楽器として成立するために必要な「風」「弦」「場」という「条件」のトライアングル

バンブー・レインスティック
 ライブを通して体感する「聴衆」「演奏者」「空間」という「関係性」のトライアングル





赤城トライアングルアート



1. アディクション(嗜癖(しへき))
 アディクションとは、「夢中になる」「おぼれる」という意味である。始めは習慣に行っていたことが、次第に自分の意志でコントロールできなくなっていく状態をいう。たとえば、インターネットにふけるあまりパソコンから離れられなくなり、引きこもりや退職に至るケースがある。このように「害があるとわかってはいるが止められない」という、不健康な習慣から抜け出せなくなることをアディクションという。


 さて、アディクションは次のように大きく分類される。

  a. 物質アディクション
    アルコール・ニコチン・薬物・処方薬・食べ物‥

  b. プロセスアディクション
    仕事・買い物・ギャンブル・借金・自傷・暴力・窃盗・インターネット・テレビゲーム・運動‥

  c. 人間関係アディクション
    共依存・恋愛‥


 アディクションの背景には、自分で自分を癒そうとする「自己治癒」がある。非現実的な世界に浸っている間は、自分が抱えている問題から目を背けることができる。何かに没頭することによって不安や孤独、痛み、怒りなどの感情を一時的に麻痺させることができる。次第にこの「自己治癒」の悪循環から逃れられなくなり、コントロール不能となる。最悪の場合、死に至るケースも多い。あるアディクションから他のアディクションへと移行、あるいは二つ以上のアディクションを同時に引き起こすこと(クロスアディクション)も珍しくない。

 アディクションの治療には、その背景にあることが多い家族の問題から取り組まなければならない。家族の安易な助けによって本人の依存症を助長させている場合もあり、家族もまた依存症であることが少なくない。従って根本から見直すために、まず本人の家族が医療機関に繋がるケースも多く、依存症専門病院には「家族会」が設けられるところもあり、なぜ我が子あるいは配偶者が依存症になったのか、今後どのように接していけばよいかなどの勉強会や、家族同士で経験を分かち合う場であるミーティング(自助グループ〈2〉)が行われている。


2. 自助グループ
 アディクションの問題から回復するため、自分の体験を似たような体験をしてきた仲間と分かち合い、支え合うためのグループ。








2.実施概要

制 作 者赤城〇〇〇〇〇〇〇(病院名)の入院・外来患者・来場者・群馬県内自助グループ(有志)・患者家族・杉〇 〇〇〇(〇〇大学芸術工学専攻博士)・渡〇 〇(〇〇大学芸術工学専攻博士)・森山華伊
開催場所赤城〇〇〇〇〇〇〇
住所記載 削除
開催日時2012年1月17日(火)~24日(火)10:00~16:00


 私は2002年に初めて依存症専門治療病院である赤城〇〇〇〇〇〇〇へ入院し、それから今日まで6回の入退院を繰り返してきたが、そのどれもが半年以上の入院期間であった。断片ながらも長期にわたる入院生活において、多くの依存症者と出会い、発病に至ったこれまでの生き方や、その根本要因とされることの多い成育歴を語り合う中で、依存症者に共通する様々な特徴を知る。その一つに自己評価の低さから自分自身を表現することを苦手とするエモーションの問題がある。彼らはありのままの自分を自分自身で受け入れることができないため、いつも不安・寂しさ・緊張・怒り・虚しさなどを抱えているものである。これが依存症の根本原因の要とされている。

 朝から晩までミーティングでの分かち合いや勉強会などのプログラムが組まれた入院生活では、「言いっぱなし聞きっぱなし」という誰からも批判されない場所で各々が自分自身のことを話すうちに生まれる共感やその安心感によって、次第にグループの中で仲間意識が芽生えていく。したがって、プロジェクトに取り掛かるために必要な結束力は最低限育っていよう。残りの力は、一つのものを共同で制作していくプロセスにおいての相互触発に期待したい。対人間とコミュニケーションすることの困難から生じる生きづらさを抱えた依存症者との制作を通し、人里離れた風光明媚のこの地上で、「他者と私」「場と私」「病と私」の関係性について考える機会を提供すると同時に、表現する喜びを赤城の自然の中で共有したいのである。

 本プロジェクト開催予定の2012年とは、私が1994年(18歳)に摂食障害を発症し、その後8年間にわたり症状を周囲に隠蔽してきたが(当時は恥ずかしさと症状の罪悪感から墓場まで持っていくつもりであった)、2002年(26歳)に病識を得て家族に病を手紙で告白し、この赤城〇〇〇〇〇〇〇へ入院し治療を始めてから10年という節目となり、〇〇院長をはじめ支え続けて下さった病院関係者へ感謝を表すると同時に、このプロジェクトをきっかけに赤城から巣立ち、新たな一歩を踏み出すけじめとなれば幸いである。なお、「赤城トライアングルアート」初日の1月17日(火)は、毎月第3火曜日に入院患者と看護師とで行われる恒例の行事、レクリエーションを考慮に入れ設定した。


3.企画趣旨

 群馬県及び赤城という、その土地ならではの自然・環境・伝統を生かし、音楽・美術・工芸・文芸といった媒体を使って、自分との新たな関係性を模索しつつ、常時100人近い入院患者を中心に3種目のプランを実施する。

 意志の力では自分をコントロールできない状態である依存症者の多くは、そのアディクションのために、家族や友人、仕事、信頼など大切なものを失ったという経験をしてきた。底をついて初めて、自分のアディクションに対して認識し、向き合い、自分の無力さを認める第一ステップを踏むことが回復の一歩とされるが、その始めの一歩さえ難しい。回復はあっても、一生涯完治することのないアディクションを、今後も抱えて生きていかなければならない依存症者たち。

 本プロジェクトにおける可能性としては、自分のアディクションを短歌や絵画で表現し、赤城に吹く風や土の香りを体中で感じながら、儚くも音が生まれる偶然の出会い、静かに心の耳を澄まし、心の目を開く時間は、その祈りと恵みを通して我々自身を解放していくことはできないものか。閉ざされた人間関係に適応することで生じる偽りの自分と、抑圧された本当の自分との隔たり、自らの呪縛の中で生きることに慣れてしまった依存症者だからこそ表現できる「渇望」の精神を、共に響かせ、心を潤し、相互に影響を与え合いながら、そこに新たな発見や感動を生み出したい。ただし、決してアディクションを言い訳の鎧や見世物にするのではない。アディクションは私にとって一部分に過ぎず全体ではないと考えるからである。障害を抱えつつも社会に「弱さ」で媚びるのではなく、挫折を笑いや希望、情熱に変えていく「強さ」を表現したい。断固として「障害者アート」や「身内アート」にしてはならない。その傷の舐め合いから脱皮した高い位置の感情の交換、感覚の想起、感性の融合を目指す。それが本プロジェクトのグランドテーマである。


4.作品概要

Ⅰ アディクション・かるたコンサート

a:かるた
b:オブジェ
c:音楽

 伝統ある上毛かるた〈3〉に因み、自分自身のアディクションにまつわる想いやエピソードを、ユーモラスな短歌と絵画にし、大型サイズの木製かるたを作成。

 群馬県の小学校では運動会のときのチーム分けを「上毛三山」からとり、「赤城団」「榛名団」「妙義団」の3チームとし対抗させることが多いとのことから、チーム分けはこれに習い、また、各選手は入院患者から選出する。ただし、患者の体調を考慮すると、競技に参加できるのは、毎月行われるこれまでのレクリエーションの様子から予測すると、半数程度であろうことから(見学は除く)、各チームの参加人数は実質上20名弱(3チーム合わせて50~60名程度)となろう。

 さて、「アディクション・かるたコンサート」は二部に構成される。
 かるたを競う第一部は、当プロジェクト開催初日1月17日(火)に行う。競技時間は午前の部(10時~12時)と午後の部(13時~15時)とにわけ、「あ」から始まる各音につき2種類のかるたを競い合う。つまり、88の句を詠むわけである。
 BGMには私が制作するコンピュータ音楽を流す。そのモティーフは、私が実際に録音採取した、四季折々の赤城の野鳥や虫の声をエフェクトし音楽にする。

 18日(水)以降の第二部は、来場者をターゲットにする。体育館の奥半分のスペースに88の絵札を円にして並べ、その円の中央に山で拾ってきた枯れ枝やつる草、落ち葉、木の実などの植物で作ったオブジェを置き、そのオブジェにスピーカを内蔵し、私が作曲する赤城の自然をモティーフとした音楽を流す空間をつくる。
 上毛かるた大会では個人戦と団体戦があるが、ここではこの団体戦に習い、3対3で対戦する。2チームが向かい合って座り、それぞれが22枚の取り札を2段に並べる。
 以降に記す競技の進行やルールもまた、上毛かるた大会に準ずる。
 つまり読み手は最初に2回の空読み(「鶴舞う形の群馬県」を2回読む)をしたあと、次に読む札から競技が始まる。読み手は各読み札を2回ずつ読む。
 お手つきは正しい札がある陣地側の札に誤って手をついた場合は、ペナルティなし。正しい札のない陣地側の札に誤って手をついた場合は、ペナルティとなり、相手チームに1枚渡すことになる。
 やがて最後の2枚の札が残ったら札を左右に並べ直し、このどちらかの札を取った側が最後の1枚も得る。この最後の2枚の対戦は中央に座る者だけで行う。
 上毛かるたの団体戦においては、特定の札の組合せを集めると役となる。以下の役があるが、ここでは「つちけ」(親札)の役は使わず、替わりに「あやせ」(アディクト札)30点役を特別に設ける。


おかめきけ(五市札)20点役
群馬県の5大旧都市

「お」―太田市

「か」―高崎市

「め」―伊勢崎市

「き」―桐生市

「け」―前橋市
すもの(三山札)10点役
上毛三山

「す」―赤城山

「も」―妙義山

「の」―榛名山
つちけ(親札)10点役あやせ(アディクト札)30点役
群馬県の地形・人口・県庁

「つ」―県の形

「ち」―人口

「け」―県庁所在地(前橋市)
代表的なアディクション

「あ」―アルコール依存症

「や」―薬物依存症

「せ」―摂食障害


 勝負は取った札の枚数に上記役札の得点を加えた合計点が多い側、同点の場合は「つ」札を持つ側の勝利となる。



3. 上毛かるた 上毛とは群馬県の古称である。上毛かるたは1947年に発行された郷土かるたであるが、読み札では群馬に由来する人物、土地、文化、歴史を詠んでいる(全44枚)。 1946年、浦野国彦は満州から故郷の群馬へ戻り、戦争犠牲者の支援に取り組んでいた。学校では指令により地理・歴史の授業は停止されていたが、郷土を愛する浦野は、群馬の子供たちに故郷の歴史・文化を伝承していきたいという強い想いを抱いていた。その折、浦野は須田清基と出会い、彼からかるたを通じて群馬の歴史、文化を伝えてみてはどうかと提案され、1947年1月11日の上毛新聞紙上で構想を発表し、県内各地から題材を募った。その中から郷土史家や文化人ら18人が44の句を選び、翌年1948年には第一回上毛かるた競技県大会が開催されるのだった。





表現ジャンルa:短歌・絵画/b:工芸/c:音楽
形 態レクリエーション・インスタレーション
素 材シナ合板・絵の具・枯れ落ちた植物・野鳥や虫の声
サイズa:合板5.5×450×450mmを88枚/b:1m四方×高さ3m
構 造[第一部] a:かるた+c:音楽
[第二部] a:かるた(絵札)+b:オブジェ+c:音楽
制作方法a. 入院・外来患者及び県内の自助グループで題材を募集し、院内の自治会役員で選抜した「あ」の音からはじまる句と絵画を、フィンガーペインティングの手法で描いた44枚の絵札と、それに対応したトランプサイズの読み札を2組制作する(つまり各音の句は二通り存在する)。
b. 入院患者を中心に、病院周辺の森林で枯れ落ちた葉や枝、つる、木の実などを拾い集め、それらを組み立ててオブジェを創作する。オブジェのテーマやタイトルは、患者同士で話し合って決める。
c. 森山が病院周辺で録音採取した、赤城の四季折々の野鳥や虫の声を素材にコンピュータ音楽にする。
空間構成[第一部] 院内体育館に円を囲うようにかるた競技場を設える。
[第二部 体育館の奥半分のスペースに88の絵札を円状に外向きに並べ、その中央にスピーカを内蔵したオブジェを設置する。
演出手法[第一部] 自治会役員選挙で選抜されたレク係から司会者及び審判と書記、3チームのうち対戦に参加していない1チームから読み手、かるたを設置・撤去するなどの大道具の係を選出し進行させる。見学者、来場者はその周りを囲うように観賞する。
[第二部] 照明は使用せず、天井や壁の大きな窓から射し込む自然光のみ。時間帯やその日の天気によって趣が変化する。360度の角度から観賞できるディスプレイ。
日 程[第一部] 2002年1月17日(火)10:00~12:00
[第二部] 2002年1月18日(水)~1月20日(金)10:00~11:30
12:00~16:00
2002年1月21日(土)~1月24日(火)10:00~13:00
制作者赤城〇〇〇〇〇〇〇の入院・外来患者・患者家族・群馬県内自助グループ(有志)・森山華伊



Ⅱ 赤城おろし・エオリアン・ハープ

 エオリアンハープ〈4〉を研究している〇〇大学芸術工学専攻博士の杉〇 〇〇〇、渡〇 〇 両氏に協力を仰ぎ、赤城おろし〈5〉で音を鳴らす設置型のエオリアン・ハープを作成。杉〇、渡〇 両氏は、2007年6月に〇〇大学キャンパス内において、“ジャンボ・エオリアン・ハープ・プロジェクト”を、翌2008年2月には〇〇市中央区の〇〇パークビル屋上において、“風で音を鳴らす楽器「エオリアン・ハープ」”を公開した実績がある。両氏と共に入院患者は、病院敷地内で「音が鳴りやすい場所」を探索し楽器を設置する。

 エオリアン・ハープは、弦の素材・太さ・幅、風向き、風の強さなど明確な仕組みはなく、また風があれば絶えず鳴り続けているわけではない。両氏によれば、風向きや風の強さなどの条件が揃ったとき、弦が共鳴し音が鳴るという。したがって、我々は楽器のそばで耳を澄まし、風を感じながら音が鳴るのを待つという、期待感と共に静かな時間を過ごすことになろう。赤城おろしどころか、そよ風ひとつ吹かない日もあるかもしれない。しかし、人が鳴らそうと思えばすぐに鳴る一般の楽器と違い、自然の機嫌によって発音が左右される楽器の音を聞いた瞬間は、喜びもひとしおにちがいない。
 尚、楽器の設置期間は、当プロジェクト期間中のみとする。


表現ジャンル工芸・音楽
形 態インスタレーション
素 材釣り糸
サイズ「音が鳴りやすい場所」によるため未確定
構 造楽器として成立させるために、「風」と、その風向きや強さなどの条件が揃う「場」と、「弦」というトライアングルが必要である。
制作方法経験のある杉〇、渡〇 両氏と共に病院敷地内を探索し、「音が鳴りやすい場所」をチェックする。後日、入院患者を中心にその場所を順々に巡り、仮の弦を張りながら(弦の長さ、太さ、本数などはその場所の環境により変動するため、臨機応変に対応する)、風が吹くのを待ち発音するかどうか様子をうかがう。音が鳴る場所として定まったら、本格的に弦を張る。

上記の天神パークビル屋上に設置したエオリアン・ハープは、屋根の骨組みを利用し、2方向に3種類の太さの釣り糸を約80本張り、音を鳴らすのに1年半を要したという。下に記す準備期間中に音が鳴る場所に楽器を設置できるかは、両氏の経験を借り、入院患者たちの「音を聴きたい」という熱意にかかっている。
空間構成病院敷地内の屋外に弦を張る。その付近に、エオリアン・ハープと赤城おろしについての説明の書かれた札を掲げる。
演出手法エオリアン・ハープという素朴さを残したいため、できる限りシンプルな外観にしたい。「え!これが楽器なの?」といった具合である。その場所の環境が許せば、椅子やテーブルを置き、温かい飲み物を飲みながら、音が鳴るまでの待ち時間を過ごせるような憩いのスペースがほしい。
日 程2002年1月17日(火)~1月24日(火)10:00~16:00
制作者赤城〇〇〇〇〇〇の入院患者・杉〇 〇〇〇・渡〇 〇・森山華伊





4. エオリアン・ハープ 風が弦に当たることにより生じる「カルマン渦」と呼ばれる渦が、弦と共振することで音がひとりでに鳴る楽器。実際の楽器は、箱に弦が張られただけのシンプルなものである。起源は古く、ヨーロッパやオーストラリアなど様々な場所で確認されている。楽器名はギリシャ神話の風の神「アイオロス」の持つ琴に由来する。

5. 赤城おろし(上毛空っ風) 群馬県中央部から東南部及び埼玉県北部において、冬季に吹く特有の北風「空っ風」を、赤城山方面から吹き降ろすことから「赤城おろし」と呼ばれる。 大陸のシベリア高気圧から日本列島に向けて吹く風は、群馬・新潟県境の山岳地帯で上昇気流となって日本海側に大雪を降らせる。そして水蒸気を失い、非常に乾いた冷たい風となって吹き降ろす。 上毛かるたの詠み札には、「雷(らい)と空っ風 義理人情」と詠まれ、群馬県の大きな特徴の一つに数えられる。





5.関連プログラム

Ⅲ バンブー・レインスティック

a:ジャンボ・レインスティック
b:ミニチュア・レインスティック


 病院の最寄り駅である〇〇駅の近くで見られる「〇〇のキンメイチク〈6〉」は、国の天然記念物に指定されている。

 また、NPO法人「〇〇〇〇・竹倶楽部」が、県林業振興課とともに高山村尻高の竹林で開いた、里山の竹林を整備する「ECOプロジェクト 竹をうーんとつかうべや」の模様が上毛新聞紙上に掲載された(2009年11月15日)。記事によると、プロジェクトのねらいは、利用されなくなった竹を資源として活用し、里山を整備するというもので、記事掲載前日14日に群馬県内外から参加した約30人が、竹チップの生産などを体験したという。今後は、竹炭の生産や竹皮編体験などを行う予定とのこと。

 そこでこの「〇〇〇〇・竹倶楽部」に協力を仰ぎ、利用されなくなった竹で南米の民族楽器レインスティック〈7〉を制作したい。

 本来のレインスティックは筒状のサボテン製で、大きさは50cmから1mとさまざま。この筒を立てた状態にすると、内部のトゲに小石があたり、雨が降っているかのような音が鳴る。無数のトゲにより小石が底まで落ちるのに時間がかかるため、レインスティックを傾けてから音が鳴り止むまで、そのボディの長さから予想する以上に音が長く聞こえる。

 ここでは長さ5m程度の1本のジャンボ・レインスティックを、入院患者を中心に共同制作し、18日(水)から20日(金)まで、連日11時30分から12時までの30分間、入院患者によって体育館でレインスティックを演奏する(この間、「アディクション・かるたコンサート」の第二部の音楽は一時停止する)。

 皆で協力して楽器を担ぎ、それを傾けた時、そのなかなか降りやまない雨の音に、なかなか回復しないアディクションへの想いを重ねてみたい。





バンブー・レインスティック






 一方ワークショップでは、来場者の方々にミニチュア・レインスティックを作っていただく。スムーズに作業に取り掛かってもらえるよう、前もって長さ30cm程度の竹と割り箸、小石、その他の材料と工具などを整えておく。 楽器が完成したら『ピアノとレインスティックのための二重奏曲』を、楽器制作者となった来場者と作曲者である森山とで合奏し(レインスティック・パートは、アド・リブで奏することができる簡単なもの)、音楽を通してコミュニケーションすることの楽しさを共有する。その楽器は記念に持ち帰ることができる。

 当プロジェクトの最後の4日間、1月21日(土)から24日(火)まで、13時から16時までを、ワークショップの開催日時とする。



表現ジャンル工芸・音楽
形 態a:ライブ/b:ワークショップ
素 材竹・割り箸・小石・絵の具
サイズa:長さ約5m
b:長さ約30cm
構 造螺旋状に割り箸を差し込んだ竹の中に小石が入っている。それを傾けると内部の無数の小石が入り組んだ箸にあたり音が鳴る仕組み。
制作方法a: 「〇〇〇〇・竹倶楽部」から不要な竹を譲り受け、長さ5m程度の竹を節目に合わせて切断し、内部の仕切りを取り除き、強力ボンドと補強用テープで元の一本につなぎ合わせる。内部はストローのような空洞の状態。この側面に1cm間隔の穴をドリル等で螺旋状にあける。その穴に、割り箸を外から内部へ差し込み、外へはみ出た部分は取り除く。内部には、近隣の自然の中で拾ってきた小石を入れ、竹の両端は布製のふたを取り付ける。最後に側面をペインティングして装飾する。
b: 長さ30cmの竹を用意し、制作方法はaに準ずる。ワークショップの準備としては、予測する来場者数より幾分多めの長さ30cmの竹と、それに見合う数の割り箸と小石、絵の具、工具などをそろえる。
空間構成a: 院内体育館の手前半分のスペースに、見込み来場者数を踏まえた数の椅子を並べる。立ち見客もあろうことからあまり格式ばらず、30分間の演奏を気軽に聴ける雰囲気の、段差のない簡易ライブコーナー。 ※上記「アディクション・かるたコンサート」第二部の音楽は一時停止する。
b: 院内体育館の手前半分のスペースに、長テーブルを6脚(縦に3脚を2列に配置)と椅子を18脚(長テーブル1脚につき3脚を配置)セッティングし、向かい合う2脚の長テーブルをワンセットにし(計3セット)、各セットのテーブル中央に、楽器制作に必要な材料や道具をスタンバイ。交代制で楽器制作の指導者(森山及び有志入院患者)を配置する。
演出手法a: レインスティックの素朴さを大事にしたい気持ちから、できる限りシンプルな空間にしたい。聴衆―演奏者―空間をトライアングルに、その「音」にただただ耳を傾ける時間を提供する。
b: 会場の傍らに5mのジャンボ・レインスティックを展示し、適宜演奏して来場者に披露する。他の来場者や指導者たちと雑談をしながら、自分用のミニチュア・レインスティックを創作する。楽器の装飾によりオリジナリティある作品に仕上げる。最後に来場者は、完成した楽器と森山のピアノでデュエットを楽しむ。
日 程a:2002年1月18日(水)~1月20日(金)11:30~12:00
b:2002年1月21日(土)~1月24日(火)13:00~16:00
制作者赤城〇〇〇〇〇〇の入院患者・来場者・森山華伊





6. キンメイチク 古くは目白竹と呼ばれていたマダケの一種。中空の茎に一節おきに黄金色の帯が現れる竹で、植物学上においても非常に貴重な竹である。

7. レインスティック 筒の形をした乾いた木のような、Normataという種のサボテンの死骸から作られた楽器。 古代Diaguitaの人々は雨乞いの儀式のため、レインスティックを演奏していたという。 作り方は、まず、筒状のサボテンの死骸からトゲをすべて抜き、元のサボテン本体にそのトゲを外側から1cmの間隔で螺旋状に埋め込んでいく。 次に、たくさんの小石を筒の中に詰めてふたをし、 筒の先端にカラフルな細い布を巻き装飾したら完成。








6.イメージスケッチ







アディクション・かるたコンサート








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かるたコンサートとレインスティック・ワークショップ








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赤城おろし・エオリアンハープ











7.実施準備計画  2010年12月~2012年1月


赤文字・・・アディクション・かるたコンサート
緑文字・・・赤城おろし・エオリアン・ハープ
紫文字・・・バンブー・レインスティック
青文字・・・総合



2010年

12月
2011年

1月


2月


3月


4月


5月


6月
1○○院長及び関係者に、本プロジェクトのプレゼンテーションを行い、了解を得る。(森山)題材を院内で募集。締め切りは、10月10日。入院患者たちが協力し合いながら、実際に発音するかどうか、弦の数、向き、長さなどを調整していく。条件のそろう音の鳴る場所を一つに絞り、弦を張る。期限は、12月15日。『ピアノとレインスティックのための二重奏曲』を作曲。期限は、12月31日。(森山)ポスター・フライヤーなどのデザインを、入院・外来患者、自助グループの有志から募集。原稿の期限は、8月31日。
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6赤城に生息する四季折々の野鳥や虫の声を採取・作曲する。(森山)期限は、12月31日。
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10プロジェクトの概要等を入院・外来患者・県内自助グループに紙面により説明。賛同者から募金。締め切りは、翌年12月31日。
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152月28日までの1日を日程調整し、両氏と共に「音が鳴りやすい場所」を探索。
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22
23○○大学の杉〇、渡〇 両氏に、エオリアン・ハープについて交渉・了解を得る。(森山)「○○○○・竹倶楽部」に、レインスティックについて交渉・了解を得る。(森山)かるた、音楽、楽器の解説の原稿を書く。(森山)期限は、8月31日。
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7月


8月


9月


10月


11月


12月
2012年

1月
1「○○○○・竹倶楽部」から、長さ5メートルの不要になった竹を譲ってもらう。バンブー・ジャンボ・レインスティックの制作を開始。期限は、11月30日。印刷業者にフライヤー等の印刷を発注。病院ロビー・自助グループの会場・周辺公共施設等に配布・宣伝。ポスターを院内に掲示。オブジェのテーマやデザインを話し合い、決める。レインスティックの 試奏・調整。ライブのゲネプロ
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5「○○○○・竹倶楽部」から、ワークショップ用の竹を譲ってもらう。
6最終準備・調整・打ち合せ。
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9オブジェに使用する枯れ枝や木の実などを採取する。
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11募集した題材を集計・選抜・公表。
12割り箸や絵の具などの材料を購入する。
13チーム分けをし、公表。
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17入院患者を中心に、原則として一人一札、合計八十八句の絵札と読み札を描く。期限は、12月15日。入院患者を中心に、スピーカ内蔵のオブジェを創作。期限は、12月31日。昼休みを利用し、かるたの予行練習を数日にわけ5回行う。第二部設置
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20入院患者を中心に、病院周辺の山や河原で小石をたくさん拾い集める。WS準備
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24ワークショップ用の小石を拾い集め、割り箸などの材料もそろえる。片付け・懇親会
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期 限
2011年
アディクション・かるたコンサート題材募集10月10日(月)
絵札・読み札12月15日(木)
オブジェ12月31日(土)
音楽12月31日(土)
赤城おろし・エオリアン・ハープフィールドワーク2月28日(月)
楽器設置12月15日(木)
バンブー・レインスティックジャンボ11月30日(水)
二重奏曲12月31日(土)
総 合フライヤー等の原稿8月31日(水)
楽器等の解説の原稿8月31日(水)
フライヤー等の印刷9月30日(金)
賛同者から募金12月31日(土)




8.実施スケジュール  2002年1月17日(火)~24日(火)

17日(火)18日(水)19日(木)20日(金)21日(土)22日(日)23日(月)24日(火)
10:00-11:00
11:00-12:00
12:00-13:00
13:00-14:00
14:00-15:00
15:00-16:00


・・・アディクション・かるたコンサート(第一部)
・・・アディクション・かるたコンサート(第二部)
・・・赤城おろし・エオリアン・ハープ
・・・バンブー・レインスティック(ライブ)
・・・バンブー・レインスティック(ワークショップ)




9.予 算

アディクション・かるたコンサート

 ・ シナ合板 5.5×450×450mm/610円×90(オカモク楽天市場店)
 ・ ターナー 「工作くん」300ml・12色セット/11,781円×1(ゆめ画材)
 ・ コニシ 木工用ボンド 1kg CH-18/680円×1(建築金物SHOP)
 ・ 銅針金 1kg巻 #16/1,029円×1(フジックス)
計68,390円



赤城おろし・エオリアン・ハープ

 ・ YGK よつあみ パラゴン 100m 手釣り糸 青色 10号/1,200円×1(アクシアスポーツ)
 ・ YGK よつあみ パラゴン 150m 手釣り糸 青色 12号/1,900円×1(同上)
 ・ YGK よつあみ パラゴン 150m 手釣り糸 青色 40号/3,850円×1(同上)
 ・ YGK よつあみ パラゴン 100m 手釣り糸 青色 50号/2,900円×1(同上)
 ・ YGK よつあみ パラゴン 100m 手釣り糸 青色60号/3,450円×1(同上)
計13,300円



バンブー・レインスティック

 ・ アサヒペン 強力粘着多用途パワーテープ 48mm×25m/698円×1(ホームセンターブリコ)
 ・ おもてなし元禄 8寸ケース(5,000膳)/4,179円×2(イーシゼイ・マーケット)
 ・ ターナー「工作くん」300ml・12色セット/11,781円×1(ゆめ画材)
 ・ コニシ 木工用ボンド 1kg CH-18/680円×1(建築金物SHOP)
 ・ 絵筆  105円×30(100円ショップ)
 ・ パレット 105円×10(100円ショップ)
  計25,717円



その他

 □ ポスター(院内掲示用)
  ・ マルアイ 画用紙(白)116-1496 八ツ切 10枚/141円×1(B50fficeSupplyShop)

 □ 多目的プリントアウト用
  ・ 高白色コピー用紙 A4 500枚 000-9105/336円×1(B50fficeSupplyShop)
   計477円



印刷発注

 □ フライヤー印刷
  ・ B4チラシ印刷(黒一色刷)両面
   コピー用紙(白)3,000枚/20,900円(チラシ印刷事業部 WHITE SNOW)

 □ かるた・音楽・楽器解説プリント印刷
  ・ A4チラシ印刷(黒一色刷)両面
    コピー用紙(白)3,000枚/17,900円(チラシ印刷事業部 WHITE SNOW)
計38,800円



親睦会

 ・ 大塚製薬 ポカリスエット 10リットル用粉末/777円×1(スポーツガイドonline)
 ・ 伊藤園 烏龍茶 2リットル×6本/945円×1(ECHIGOYA)
 ・ キリン 業務用オレンジ100% 2リットル×6本/3,150円×1(ねこの酒屋さん)
 ・ 菓子類/2,000円
 ・ 紙皿/105円×1(100円ショップ)
 ・ 紙コップ/105円×1(100円ショップ)
計7,082円



※ PA音響機材・椅子・テーブル・工具・文具は病院の設備を使用



人件費

 □ 謝礼費
  ・ 杉〇 〇〇〇 氏/10,000円
  ・ 渡〇 〇 氏/10,000円
  ・ NPO法人「〇〇〇〇・竹倶楽部」/10,000円

 □ 交通費(往復)
  ・ 杉〇 〇〇〇 氏/43,260円×2日(フィールドワーク・懇親会)
  ・ 渡〇 〇 氏/43,260円×2日(フィールドワーク・懇親会)

〇〇駅~〇〇駅

所要時間/5時間51分 片道運賃/21,630円

〇〇駅

| 〇〇線(〇〇空港行)/250円

〇〇空港

| 特割1/16,300円

〇〇空港/〇〇空港第二ビル

| 〇〇モノレール(〇〇行)/470円

〇〇駅

| 〇〇線〇〇方面行(〇〇止)/2,210円

〇〇駅

| 新幹線(〇〇行)/2,400円

〇〇駅

| 〇〇線(〇〇行)

〇〇駅


(2009年11月現在)



 □ 宿泊費
  ・ 杉〇 〇〇〇 氏/4,980円×2(1泊2日を2回)
  ・ 渡〇 〇 氏/4,980円×2(1泊2日を2回)


ホテル〇〇〇〇〇〇〇〇


住所削除

交通手段削除




 □ 運搬費(車代として)
  ・ NPO法人「〇〇〇〇・竹倶楽部」/3,000円

計225,960円



総額予算 379,726円





10.来場者及び外部参加者数見込

 ・ 来場者(地域住民その他)200人
 ・ 外部参加者(外来患者及び自助グループ)500人

総見込み人数 700人




11.体 制

赤城〇〇〇〇〇〇〇
 〇〇〇〇 院長
 〇〇〇〇 副院長/理事長
 病院関係者一同

〇〇大学芸術工学専攻博士
 杉〇 〇〇〇 氏
 渡〇 〇 氏

NPO法人「〇〇〇〇・竹倶楽部」
 〇〇〇〇 理事長
 関係者一同

発案者/責任者
 森山華伊


12.特記事項

入院患者の入れ替わりについて

  約1年間の準備期間中、入院患者の退院や新たな患者の入院があるため、入院患者を「制作者」と掲げているものの、プロジェクトの始終を携わることができるのは、長期入院の一部の患者だけとなる(平均的な入院期間は3カ月)。
 しかし、退院後は外来患者として、かつ自助グループに繋がるケースが多いことから、立場は変わってもなおプロジェクトに継続参加できる者と、転院や遠方などの理由で最後まで参加できない者があろうことを付け加えておく。


プロジェクト期間中の院内ミーティングについて

 「アディクション・かるたコンサート」の第一部は、本来レクリエーションの日にあたるので、その時間帯に行われるミーティングはあらかじめ繰り越されているため問題ない。
 「バンブー・レインスティック」のライブ上演時間は、ミーティングの時間帯ではないため、これも問題ない。
 「アディクション・かるたコンサート」第二部、「赤城おろし・エオリアン・ハープ」及び「ワークショップ」は、ミーティングの時間帯の多くと重なってしまうが、入院患者等制作者のうち数名が現場に待機していることが望ましい。
 曜日毎にプログラム化されたミーティングは、対象がアディクションごとに分かれている場合が多いので、そのミーティングに関係のない者が交替で現場係員や指導員にあたれば良いわけである。



病院敷地面積及び体育館床面積

 病院敷地面積: 7,450㎡
 体育館床面積: 391.71㎡



交通手段

 


 削除





13.関連資料(別紙)

 ・ 赤城〇〇〇〇〇〇〇のパンフレット
 ・ 週間プログラムのプリント
 ・ 赤城〇〇〇〇〇〇〇週間治療プログラムのプリント







加筆:2012年4月23日



 本文中の「〇〇」や「削除」と記した部分はプライバシー保護のため氏名や施設名、住所等を伏せたものであるが、地名に関しては本プロジェクトの「場と私」との関係性や趣旨上、余儀なく提示に至った。
 尚、本プロジェクトは、最後となるであろう2009年2月下旬から2010年3月15日までの赤城〇〇〇〇〇〇〇の入院中に考案したものであるが、実現には至らなかった。

 本ブログ100エントリーを記念として、拙い企画書ではあるが、初めてのアートプロジェクトの思索にふけった3年前の私と現在の私とを比較し、ひとつのことを続けて自分をつくっていくという、自分しか頼るものはないことの自覚を自分自身に再度植え付けるために、本ファイルを公開する考えに至った。
 「今日一日」を食べ過ぎないで、あるいは食べなさ過ぎないで生きていくことの難しさ、アルコールや薬物と違って「ほどよく」食べなければならないコントロールが、現在も苦しい。断酒断薬はできても、断食し続けることはできないのだから、食べなければならないが、普通の食事が今もなおできていない。「食べる・食べない」の問題の奥にこびりついている、見つめなければならない根本的な問題も未だ癒えていない。
 しかし、病院で出会った多くの仲間や医療関係者に支えられて、「今日一日」をなんとか乗り切ってきた。摂食障害になって18年、潜伏期間を含めると30数年にわたって生きるのが苦しかった。しかし暗闇にいるからこそ光は見えるもの。最終的には自分しか自分を救えないことがわかり、自分が強くなるしかないのであり、自分を「生」の方向へ指南するために、私は一度棄てた音楽道を再び歩き始めたわけである。残りの半分の人生こそ幸せに生きるために。










[タグ未指定]
[ 2012/04/23 14:52 ] 企画 | TB(0) | CM(2)

ピッチベンドとモジュレーションホイール

昨日のDTMレッスンで学んだこと

・ホーンセクションでよりリアルな音をつくるため、ブレスやタンギングを意識する。
・とりあえずベロシティ100で普通に打ち込み、次に聴きながら音の長さや音量などを調整していくと良い。
・CC1のモジュレーションホイール(ビブラートなど)について。
・管楽器や弦楽器など半音間にも連続的な音程を出せるという楽器や奏法の特徴。
・ピッチベンド(トリル、チョーキング、ハーフバルブ、ブラックトーン・グリッサンドなど)について。
・モジュレーション(ラインツール)をかける時の始まり方(0から)と最大値(音価の1/4を目安)と終わり方(0にリセット)。
・ベンド(鉛筆ツール)のかけ方。音の始まる前にかけたり、カクカクにしたり・・・
・ストリングスセクションのエクスプレッションのかける時の始まり方(0から)と終わり方(0にリセット)。
・ラインを描く時はスナップを外す。
・ベロシティとCC11エクスプレッションとCC7メインボリュームの違い。
・モジュレーション(0~127)、ピッチベンド(-8192~0~8191)、エクスプレッション(0~127)、ベロシティ(0~127)の値の幅。
・ピッチベンド最大値8191÷12=682.58333…を四捨五入した、683が半音。
・GMサウンドセットやコントロールチェンジ一覧などに見られる、数値の配列の規則性。



いやぁ、音を作るって大変な作業なんですね。でも細かい作業は元々好きなので面白いです。
今後コンピュータ音楽を聴く時、今までと違った視点(聴点?)から色々発見がありそうで楽しみです。





***

加筆(2012/05/13)

・ストリングスのエクスプレッションについて
  毎回 0 から始めるとcresc.が付きすぎるので、途中からはじめると良い。
・ストリングスのベロシティーについて
  ベロシティーは各音域で揃える。(最低音 70 中域 80 最高音 100)
・ベースのベロシティーについて
  各音を揃えると安定する。その際にリズムの強拍と弱拍で、ベロシティーに差を出すようにする。
・サックスのベロシティーについて
  ベースパートと同様に揃える。
・最後の確認について
  リストエディターを開いて確認。






[タグ未指定]
[ 2012/04/22 03:03 ] DTM レッスン(Cubase) | TB(0) | CM(0)

映画と文学

映画と文学


 奇術師、興行師であるジョルジュ・メリエスが劇映画を撮り始めた当時は、サイレント映画で台詞はなかった。やがてストーリーの複雑化に伴い字幕入り映画が作られるようになるが、さらに俳優自身の口から音声として発せられるトーキー映画の時代に移ると、文字の読めない観客にとっても鑑賞できるようになった。以後多くの小説や戯曲が映画化されていくことになり、多くの小説家や劇作家がハリウッドに集まっていく。
 このように文学や演劇は、映画と密接に関係しあってきたのである。映画が第七芸術と呼ばれる所以は、芸術の歴史で七番目に生まれた芸術だからであるが、先行する芸術を有効に取り入れることができたわけである。そこで、映画と小説、映画と戯曲の関係をまとめたいと思う。

【映画と小説との関わり】
 小説の読者より映画の観客が多いのは、言葉の問題が大きい。全国的から見ても、英語を話せる人口より英語を読める人口の方が少ないため、小説を読む人は限られているわけである。このような事情から、小説家はハリウッドで小説以外の仕事(映画のシナリオ創作・原案・構成・台詞のチェック)もして生活費を稼ぐことになる。

【映画と小説の違い】
 映画と小説の大きな違いは、前者は映像芸術であり、後者は言語芸術である。それは動く映像に対し、文字の列である。
 このように、映画と小説(文学)はまったく異質な表現形態であり、それぞれ独立の創造物であるといえる。

【小説から映画化される際の問題点】
 映画化にあたり、絶対的基準のない「美」をめぐった問題が常に起こる。小説において読者はそれぞれの美意識をもとに個々の頭の中で映像化してつくりあげていく。一方、この小説から映画化される場合、千差万別の美意識をもった多くの観客が、製作者等によってつくられた一つの映像を見ることになるため、そこには誰もが「美しい」と感じるとは限らない俳優が出演していることもあるだろう。
 また、映画化するということは、一つの原作小説の解釈を一つに限定することであり、そのためには原作にないことも付け加えることもあり、あるいは原作にある余計な描写は省略することもある。
 つまり、文字という抽象的なものから映像という具体的なものへの変換が映画化ということであり、小説をそのまま映画に差し替えるということは不可能なのである。小説とその映画化作品は同じ根から出て咲いた二つの花と考えると、小説と映画の間には優劣はないことが頷ける。それぞれの領域内で花を咲かせられれば、それでよいのである。

【映画と戯曲との関わり】
 映画と演劇はどちらも台本の存在および俳優が演じるという共通項があるが、芸術の起源として古代ギリシア時代から存在した演劇の方が映画よりも圧倒的に歴史がある。映画が発展していく契機を作ったジョルジュ・メリアスはもともと演劇界で活動していた人であるし、日本でも初期に作られた映画は歌舞伎俳優の出し物の記録である。急激な俳優の需要とそのギャランティの事情により、多くの俳優は演劇の盛んなブロードウェイから映画の中心のハリウッドへと移っていった。このように、映画は当初から演劇と密接に関係していたのである。

【映画と演劇の違い】
 映画も演劇も、観客は外出して、映画館あるいは劇場へ向かう。どちらも日常空間から非日常空間への飛躍によって鑑賞することになる。不特定多数の観客達が照明の落とされた客席に座ってスクリーンの映像や舞台上の俳優を観るといった姿勢は同じである。しかし、映画俳優と舞台俳優は演技をする点では同じであるが、その状況は異なるものである。
 演劇では実際に舞台上にないものも、あるものとして観客に示さなければならないことがある。それは舞台俳優の演技力にかかることである。その点、映画では簡単にそれらを映像に映し出すことができる。このことから演劇は、優れた戯曲、俳優の演技力さえあれば成立するということがわかる。また、時間の捉え方の違いも重要である。映画の場合、観客はすべて過去の映像をスクリーンの中に観ることになり、それは観客席に流れる時間と全く違う時間なのである。完成された映画の中で流れているこの時間は、何回上映されようが全く同じ流れ方をしている。一方演劇の場合、観客席の時間と俳優が演じている時間は同時進行している。同じ時間を共有し、それは二度と繰り返されない時間である。これらの違いを把握すれば、それぞれの台本、戯曲とシナリオにおいても、根本的に異なるものであると言えるだろう。

【今日の映画化作品について】
 私は高校生の時にスティーブン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』(1993年)を映画館で観た。深く感動したため、その後すぐに原作を読んだ。それ以後、今日まで映画も原作もみかえしていないため記憶が曖昧な部分もあるが、「文学と映画は根本的に違う芸術である」ということが深く頷ける描写を、当時この映画の中で感じたことを思い出す。
 映画『シンドラーのリスト』は、冒頭と最後の現在の場面ではカラーで、戦争時代の場面ではモノクロで撮られていた。また、このモノクロの戦争時代の場面でも、一人の赤いワンピースを着た少女は、ナチスに虐殺されるまでに何回かカラーで現れ、たくさんのユダヤ人が殺されるモノクロ映像の中で引き立つように工夫されていた。このような色彩の効果は原作にはないものであり、映画だからこそできる描写であると思う。原作の物語に、さらに一人の少女の生涯を織り込む手法あるいはアイデアは素晴らしいと感じた。どの場面であったか忘れてしまったが、たしか一回だけ蝋燭もカラーで描写されている箇所があったかと思う。このように原作にはないメッセージがところどころに散りばめられているところに感銘を受けた。「優れた映画を作るためには原作に手を加えもするし余分な部分は省略もする」というスピルバーグ監督の姿勢は潔く説得力がある。




ジョン・アービング原作・脚本『サイダーハウス・ルール』における原作小説と映画化作品の違い

 アービングの原作小説はこれまでに何度も映画化されているが、『サイダーハウス・ルール』ではじめて自ら脚色した。彼は小説と映画、あるいは、読者と観客との相違点をはっきりと把握しつつ、映画がビジネスであるという前提をもとに13年かけて脚本を書いたのである。

刈り込み作業
小説をそのまま映画に置き換えることは時間的観点からみても不可能であるため、小説のある部分は省略を余儀なくされる。

① 登場人物の性格描写・人格描写
 小説ではいくらでもその人物を言葉で描写し続けることができるが、映画ではその人物の行動を映像で描くことにより人物像を観客に提示する。
② 理由の不明瞭
 映画では、眠れない時にエーテルを吸って恍惚状態になり眠りにつくということしかわからず、なぜエーテルなのかという点が明確ではない。しかし、深く追求せずともその事実さえわかればいいのである。
③ 登場人物
 小説ではホーマーの初体験の女性であり、物語のその後の展開においても重要な登場人物であるメロニィであるが、時間的制約のある映画においては、メロニィを中途半端に描くよりは全く登場させない方がよいと判断した。
④ 小説を構成していた多くの要素
 ホーマーが能動的なヒーローに変わる前の煮え切らない性格に、観客がうんざりしてしまうのを避けるため。
⑤ 喜劇的要素(コミカルなシーン)
 小説の中で随所に描かれている喜劇的要素はほとんど削除され、社会に対して断固とした意見を主張するドクター・ラーチの実用的なメッセージが、映画ではやや生真面目に強調されている。
⑥ 「低俗」なシーン
 テーマが「堕胎」ということで、下半身にまつわるさまざま「低俗」な描写が含まれるが、映画においては観客を不愉快にさせないために「低俗」なシーンはいっさい削除されている。
 *「低俗」という言葉は、アービング自身が『マイ・ムービー・ビジネス』(村井智之訳、2000年6月、扶桑社)の中で使っている。
⑦キャラクターの犠牲
 映画ではその時間的制約から、ある人物を充分に描くために他の人物について妥協しなくてはならないことがある。ホーマーに感情移入しやすくするために、恋人同士であるウォリーとキャンディの仲の好さをほとんど描かず、ホーマーとウォリーが親友と呼べるほど親しい関係になるところも描かず、ホーマーとキャンディの恋愛関係が描かれていく。観客の非難からホーマーを救うため、このような省略によりキャンディが犠牲となり、キャンディとの情事にたいするホーマーの責任も軽くなるのである。

変 更・シフト・追加
① 「語り」から「会話」(あるいは「独白」)へ
 小説ではほとんどの対立が「語り」によって説明され表立って表現されていないが、映画では対立関係を明確にし、アンジェラ看護婦にホーマーの資格が違法であることを「会話」によって主張させている。
② 主役をドクター・ラーチからホーマーへ
 映画の観客は、映画の中で登場人物が成長していく姿に魅かれていくものである。ラーチはすでに完成された人格でこれ以上成長しないが、ホーマーのその未熟さから脱していく可能性を、観客は感じ取り自分と「同一視」するであろう。
 アービングにとって最も重要なキャラクターはドクター・ラーチであったが、読者と観客の違いをはっきり把握しているゆえに、あまり抵抗を感じることなく、ドクター・ラーチからホーマーへと比重をシフトさせることに至ったのである。
③ 小説における「文章表現」から映画の「見た目が重要」へ
 観客がシャーリーズ・セロンという女優を見たら、ホーマーが彼女に夢中になると、観客に確実に思わせなくてはならない。映画においては誰もがそう思える俳優をキャスティングしなければならない。
④ 言葉の問題を解決するために台詞を挟む
 ドクター・ラーチ役のマイケル・ケインはロンドン出身の俳優であるが、役の設定では生粋のアメリカ人である。同じ英語でも、アメリカ人、イギリス人によって発音が異なる。たとえ方言指導を受け、訛りを消すことができたとしても、聴く人が聴けばどこの出身かわかってしまう。そこでアービングは、ドクター・ラーチの母親は移民だったという台詞を挟み込むことで、ドクター・ラーチがなぜアメリカ英語で話さないかを裏付けたのである。

 小説では原稿にして800ページ、本にして500ページの長さであったが、映画化にあたり脚本にしてわずか136ページにまで物語を圧縮させた。このようにアービングは原作小説と脚本を手がけることで、読者に向けて書くことと、観客に向けて書くことの違いをはっきりと認識することができた。それは、小説と映画の性質や機能の違いについてはっきりと把握しているからこそできたことである。その結果、映画『サイダーハウス・ルール』はアカデミー賞の脚色賞を受賞したのである。






劇作家と映画界との関わり合いについて


【演劇と映画 】
 演劇と映画の共通項として、台本と俳優の存在があげられる。しかしこの二つの要素は、それぞれ異なるものである。つまり、演劇は観客と時間を共有しながら一つの世界をつくり上げていく。一方映画は、スクリーンに映し出されている物語は俳優が過去に演じた、すでに完成されたものとして時間が流れていく。人々が映画館で観るスクリーン上の物語は、過去の出来事である。
 このように演劇と映画では時間的な捉え方が異なるため、必然的にその台本も、演劇のための戯曲か、あるいは映画のためのシナリオかによって描き方も違ってくる。さらに俳優においても、一回一回が本番である舞台に立つのか、あるいはカットカットで映像を撮るカメラの前に立つのかによっても、俳優としての役割が異なるのである。

井上ひさし
 井上ひさしは、小説家であり、同時に劇作家でもあり、どちらの分野でも傑出した作品を次々に書いている。劇団の座付き作者である彼は、自分の作品に納得のいかないものは違約金を払ってでも初日を延期にしたり、公演を中止にしたりする。これに対して演劇にも映画にも関わる岩松了は、『食卓で会いましょう』(1999年10月、ポット出版)の中で次のように述べている。

 「 ・・・私の周辺にも作家と演出家という仕事を兼ねている友だちが多くいる。そいう人たちの多くが、作家である自分を大切にしていることを私は残念に思う。 私は演出家でありたい。それが私にとって演劇にたずさわる、ということだ。劇作家としての私は、むしろ、演劇に対する批評家だと思っている。」

 これは小説の映画化、戯曲の映画化にもつながる考え方である。演劇が成立するのは戯曲という言語表現の段階ではなく、演出においてである。同様に映画化は、映画監督によって映像に捉えられた時点で成立するのであり、言語表現の段階では映画とは関係がないのである。このような岩松了の考え方であれば、井上ひさしの初日遅延、公演中止はもっと少なくなったであろう。
 演劇では戯曲を意欲的に書き、一定の評価も得ているが、映画に提供した原作戯曲は『日本人のへそ』だけであり、原作小説も井上ひさしの作品の中では傑出したものではないと思われる。これは、戯曲にしろ小説にしろ、その作品自体の完成度が高ければ高いほど映画化にするにあたり困難が生じる。つまり、映画化に適しているのは、完成度の低い、手を加えやすい作品であると言える。『日本人のへそ』は演劇的には優れているのだが、その映画化作品は、映画というより演劇の記録とも捉えられるような撮り方なのである。映画としては優れた映像表現とは言えないのである。
 井上ひさしは、『往復書簡 拝啓水谷八重子様』(共著:水谷良重、1995年9月、集英社)の中で、「物語とことば」を含む芸術形態を代表するものとして次のようにあげている。

【「物語とことば」を含む芸術形態】
小 説 ・・・・・・物語+ことば
演 劇(芝 居)・・物語+ことば+俳優の身体
映 画 ・・・・・・物語+ことば+俳優の身体+監督の目

 すなわち、スタート地点にある「物語+ことば」は、小説においては受け手に直接伝えられるが、演劇(芝居)においては俳優の身体を媒体にして伝えられ、映画にいたってはさらに監督の目、すなわち映像を媒体として伝えられるのである。
 次に、どのような経過を辿って受け手に伝えられるのかを図に示す。

小 説
物語+ことば→受け手

演 劇(芝 居)
物語+ことば→俳優の身体→受け手

映 画
物語+ことば→俳優の身体→映像→受け手

 このスタート地点である「物語+ことば」を映画の観客に直接伝えたい、つまり原作をそのまま忠実に映画化することを望む渡辺淳一は、そうならない映画界への不満を持っているが、井上ひさしは、小説と戯曲の領域をはっきりわきまえており、それぞれの分野で作品を生かすことを目指すのである。




原作:ベルンハルト・シュリンク『朗読者』(平成15年6月1日、新潮文庫)
映画:スティーブン・ダルドリー監督『愛を読むひと』(2008年)


【原作と映画の違い】
カット
・ ハンナと情事を重ねるためにマイケルが授業をさぼっていることを知った時、ハンナが激怒する場面。
・ 旅先での情事の翌朝、早く起きたマイケルが寝ているハンナに宛て、「朝食を取りに行ってくる」と書いたメモをテーブルに置き、ベッドを離れ朝食を持って帰った時、「どうして黙って離れるの!」とハンナが激怒し号泣する場面。
・ 強制収容所跡を見るためにヒッチハイクした運転手との会話の場面。
・ ゼミの教授の埋葬と、そこで再会したゼミで一緒だった男との会話の場面。
・ 出所当日に自殺したハンナの遺体と向き合う場面。
・ マイケルの父親。(原作では父親の存在が大きく描写されているが、映画ではほとんど登場しない。)
・ ハンナが刑務所生活を送った部屋に、ギムナジウムの卒業式で校長と握手している青年マイケルの写真が掲載された地方新聞を見る場面。

付け足し
・ 旅先で遭遇した聖歌隊の賛美歌に聴き入っている礼拝堂に座るハンナと、それを見つめるマイケルの場面。
・ 公判中、ハンナの秘密を知ったマイケルが拘束されているハンナと面会するために受付を通るが、思い留めて引き返す場面と、ハンナが緊張しながら面会室で面会者を待つ場面。
・ 公判中、ゼミで一緒の学生からハンナとの関係を疑われる場面。
・ 初めてマイケルから送られたカセットテープを、テープレコーダーで再生し、マイケルの朗読の一声に驚き、ストップボタンを押す場面。
・ 刑務所で本を借り、マイケルからのカセットテープを聴きながら、文中の「The」に印しながら文字を覚えていく場面。
・ 18年の刑を服し、出所間際に再会したハンナが、マイケルが去った後に漏らす期待を挫かれた溜め息。

変 更
・ 主人公の名前。(原作ではミヒャエル・ベルクだが、映画ではマイケル・バーグ。)
・ 公判中、ハンナがマイケルの存在に気付いていたのか、映画では不明瞭。
・ マイケルが、ハンナが文盲であることに気付く場所。(原作では強制収容所跡だが、映画では公判中。)
・ マイケルがハンナの秘密(不利なハンナを救える可能性の高い事実)を裁判で証言すべきか否かを相談する相手。(原作では父親だが、映画ではゼミの教授。)
・ 15歳のマイケルと30代前半のハンナが別れてから、26年振りに対面する場所。(原作では刑務所の中庭の栗の木の陰にあるベンチだが、映画では刑務所の広い談話室のような無機質な部屋。)
・ マイケルとハンナが26年振りに会話する描写から受ける印象。(原作では、ハンナが出所し、近所に住まい、「朗読はもう終わりなのね?」というハンナの問いに、「どうして?」と答えるマイケルだが、映画では、マイケルの表情や態度、言葉が非常に淡泊であり、老いたハンナとこれから先、再び男女の関係に戻ることはないといった予感を受ける。)
・ ハンナの死後、強制収容所から生き延びた娘に、ハンナとの関係を尋ねられた時のマイケルの返答。(原作では男女の関係であったことを告白するが、映画では答えを濁す。)
・ エンディング。(原作では、マイケルがハンナと自分の物語を執筆するが、映画では、娘と二人でハンナの墓地に行き、ハンナとのことを話しながらフェードアウトする。)

 このように原作から映画へと媒体の移行に伴い、カットや付け足し、変更された部分が多々存在した。ハンナの印象も、原作と映画とでは随分と違っているような気がする。つまり、原作でのハンナは少年マイケルを手懐け支配し、少々荒々しい女性という感じを受けるが、映画ではその印象が薄まり、繊細な女性らしさを感じさせる。特に、ストッキングを履くところをマイケルに見られる場面や、地下室にある石炭を運んできたマイケルの真っ黒に汚れた顔を見る場面、マイケルの朗読に耳を傾ける場面、仕事先で昇格を言い渡される場面、再会後の絶望の溜め息は、ハンナ役のケイト・ウィンスレットが、自然でいて印象に残るような素晴らしい演技をしていたと思う。おそらくこれらの場面は、原作から受けた私のイメージとぴったりフィットしていたからかもしれない。文庫本にして247ページの原作を、2時間の映画に凝縮させるために、また、文字を読む小説と映像を観る映画との違いから、カットや付け足し、台詞や登場人物の比重などの変更も当然されなければならないものであることが、両者を比較することで理解できた。今後も、両者の側面から様々な作品を鑑賞したいと思う。
 尚、第81回アカデミー賞でケイト・ウィンスレットが最優秀主演女優賞を受賞した。





映画『愛を読むひと』

原題:The Reader
監督:スティーブン・ダルドリー
製作:アンソニー・ミンゲラ/シドニー・ポラック
製作総指揮:ボブ・ワインスタイン/ハーベイ・ワインスタイン
原作:ベルンハルト・シュリンク
脚本:デビッド・ヘア
撮影:クリス・メンゲス/ロジャー・ディーキンス
美術:ブリジット・ブロシュ
編集:クレア・シンプソン
音楽:ニコ・ムーリー
製作国:2008年アメリカ・ドイツ合作映画
上映時間:2時間4分
配給:ショウゲート

参考文献
重政隆文『映画と文学』2001年4月、大阪芸術大学通信教育部発行



(2009年執筆)



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[ 2012/04/18 07:00 ] 映画・ドラマ | TB(0) | CM(0)

安宅勧進帳

能楽のたのしみ


【安宅のあらすじ】
 舞台は平安時代の源平の戦い(壇ノ浦の合戦)で、平家を滅ぼした源義経は、後白河法皇の奸計にはまり、兄源頼朝の嫌疑を受けてしまいます。そして、追い討ちをかけるように讒言によって、ついに「義経捕縛の命」が下ったのでした。都落ちした義経は弁慶など腹心の家臣を連れ、恩人・藤原秀衡を頼るべく、奥州平泉を目指して旅を続けていました。義経一行は、逢坂の関を越え、琵琶湖を渡り、海津の浦に着きます。その先の詮議の厳しさを考え、弁慶たちは山伏姿となり、主君義経は強力に変装して人目をくらます策を取ります。その話を聞きつけた頼朝は、新しい関所をもうけ偽山伏の一行を捕縛するよう命令を下します。加賀の国安宅の関もその一つで、富樫の某という者が関守を務めていました。そこに義経一行がさしかかります。

 なんとしてもこの関所を通るため、弁慶は東大寺再建の寄付を募る山伏の一行だと偽ります。しかしすでに義経一行が山伏姿であることは知られていたので、不審に思った富樫は、「東大寺の勧進僧」と名乗る一行を通すわけにはいかないと言い張ります。そこで、弁慶は「最後の勤めを」と願い出、弁慶たちが神妙に祈る姿は崇高で、人の心を打ちます。富樫はこの殊勝な心に報いようと、「東大寺の勧進聖なら、勧進帳(寺院や仏像等の建立などに必要な費用の寄付を求める際に使用した趣意書)をもっているはず」と迫ります。もとより勧進帳などあるわけなどありません。しかし弁慶は持ち合わせの巻き物を一巻取り出すと、あたかも本物の勧進帳のように朗々と読み上げます。その気迫を見て富樫は一行を信じると言いますが、念の為に山伏のいわれ、扮装、心得、そして秘術を事細かに尋ねます。弁慶はもともと三塔の遊学僧、修験道にも通じていましたので富樫の難しい問いにもよどみなく答えていきます。富樫はもう疑う余地もなく、勧進の布施物を進呈して一行を通します。これでこの関は通れる、と安堵した心を隠して一行が通過しようとすると、富樫は刀に手を掛け、強力を呼び止めます。義経に似ていると、番卒の一人が目ざとく見つけ、進言したのです。関守を殺して逃げようとする家来たちを弁慶は必死で抑え、富樫が見ている前でいきなり、「わずかな荷を重そうにして遅れてくるから疑われるのだ」と主君義経を金剛杖で打ちすえます。弁慶は断腸の思いでした。それでもなお疑いを晴らすため弁慶は、「それほどまでに疑うのなら、この強力を置いていくから納得のいくまで問い正して下さい。あるいはこの場で殺してみせましょうか?」と大賭をします。富樫はその気迫に押され、一行の通行を許します。

 安宅の関を通過した後、皆は弁慶の機転を褒め讃えます。しかし弁慶は関守を欺くためとはいえ主君を打った罪の大きさに打ち震え、頭を垂れて泣き崩れます。しかし義経は、弁慶の労を優しくねぎらうのでした。一行が腰を上げたとき、富樫が酒をもたせて現れ、無礼の詫びに一献差し上げたいというのです。弁慶は、富樫の罠か、と疑いながら、座興に延年の舞を舞い、心を許さずに暇を告げ、一向は陸奥へ落ち延びていくのでした。
 「安宅」は、時系列で物語が進む「現在能」の代表作です。主従12人が偽山伏に扮して都を逃れて行きますが、一行を束ねる役割が弁慶で、主君の義経に扮するのは子方です。歌舞伎十八番「勧進帳」のもとにもなっています。

【能と歌舞伎の比較】
 「勧進帳」は歌舞伎の演目の一つで、初代市川団十郎が1702年2月初演の「星合十二段」に取り入れたのが最初とされています。しかし、その時の台本が残っていなかったため、現在の「勧進帳」は、1840年に七代目市川団十郎が作り直し、江戸の河原崎座で初演されたものとなっています。「勧進帳」は室町時代に作られた能の「安宅」を参考にして江戸時代に作られています。この時代の差は、そのまま舞台に反映されています。
 能「安宅」は、主人公は弁慶ただ一人です。室町時代や作中の時代である鎌倉時代では、関所破りはそれほど重い罪ではなく、また幕府による御家人の統制もそれほど厳しくなかったため、関守である富樫の人物像についてあまり注目されていませんでした。また、室町時代は、人間の情というものを重要視していなかった時代と言われています。富樫は、弁慶の山伏を討てば熊野権現の仏罰があたると脅され、その迫力に押され関を通してしまうという、少々情けない男として描かれています。
 それに対し、歌舞伎「勧進帳」は江戸時代であり、関所破りは重罪です。そういう時代背景がありながら、富樫は弁慶の主君を思う心に感動し、自ら重い罪を犯してまで、義経一行を通してしまうという、情の厚い男として描かれています。また富樫は、弁慶とのやりとり、心の有り様が中心になって、主役である弁慶とともに脇役として重要な役となっています。
 この違いのため、最後に弁慶と酒を酌み交わすシーンで、能「安宅」は弁慶を疑い、隙あらば・・・と狙っているのに対し、歌舞伎「勧進帳」では、弁慶は富樫の心に感謝し、また富樫は非礼を詫びるといった人情を感じさせる場面となっています。このように能と歌舞伎の時代背景によって、解釈や表現の仕方が違うとは、本当に興味深いと思います。

【感想】
 テレビでよく拝見する狂言師、野村萬斎さんが、能「安宅」の強力役で出演されるというので楽しみにしていました。国立能楽堂は老若男女の満席で、私の席は学生席でしたが、隣に外国人留学生らしい、私と同じくらいの歳の女性が座りました。この日のために用意してきた、「安宅」の現代語訳をプリントアウトした冊子と照らし合わせながら鑑賞していると、隣の留学生が私の手元を覗きこんできたので(プリントは日本語と英語が対になって印字されていた)、一緒にプリントを読みながらお能を楽しむことができました。能楽堂には、和服姿のお客さんが目立ち、他ジャンルのコンサートとはまた違った会場の趣でした。アイの野村萬斎さんは、義経や弁慶に比べて出番はないものの、存在感はあり過ぎず、かといって薄過ぎず、とてもバランスよく演じておられました。

 本来の能「安宅」では、歌舞伎「勧進帳」とちがい、最後は義経一行と弁慶が一斉に舞台から去るのですが、今回の「安宅」では、歌舞伎「勧進帳」と同じような形式で、義経一行を先に発たせ、弁慶は主君の姿が遠ざかって見えなくなるのを見計らって、富樫に暇を告げ、一行の後を追っていくという流れをとっていました。能面をつけない直面で作り物もないのですが、狭い能舞台に、義経を先立てて弁慶以下12人の偽山伏が新関に登場するので、とても迫力がありました。一行が富樫に斬られる覚悟で最後の勤行するときの数珠をすり合わせるところや、弁慶が強力姿の義経を「果報者め!」とさんざんに打つところや、最後に富樫がお酒を持って先刻の無礼を詫びたあとの弁慶の勇敢な男舞は、繊細で豪快で理知的でとても素晴らしかったです。三読物の一つとされる勧進帳は、それ自体が謡の秘伝と言われ、鼓との絶妙なせめぎ合いが面白く気分が高揚しました。

 「寝音曲」の野村万之介さんと野村万作さんの狂言も、とても素晴らしかったです。太郎冠者が主人にお酒をついでもらって飲み干すときの、舌を上あごで「コン!」と鳴らすところでは、客席からどっと笑いが立ち上がり、その太郎冠者が次第にお酒に酔って、寝るのと起きるのが逆になってしまうところの滑稽さが笑いを誘い、とても面白かったです。




【プログラム】
第七回 青葉乃会
日時:2008年11月29日(土)14時開演
場所:国立能楽堂
1.解説:本日の演目について/増田正造 
2.仕舞:「楊貴妃」/若松健史
3.   「邯鄲」/観世銕之丞
4.狂言:「寝音曲」/太郎冠者:野村万作/主:野村万之介
5.能:「安宅 勧進帳」/シテ:武蔵坊弁慶:柴田 稔、子方:源 義経:柴田理沙、ツレ:義経の郎党:梅若晋矢/谷本健吾/安藤貴康/馬野正基/長山耕三/観世淳夫/北浪貴裕/長山桂三/ 浅見慈一、ワキ:富樫某:宝生欣哉、アイ:強力:野村萬斎、アイ:太刀持ち:高野和憲、笛:一噌仙幸、小鼓:大倉源次郎、大鼓:柿原弘和、地謡:観世銕之丞ほか、後見:浅見真州ほか


【参考文献】
・『お能の見方』著/白州正子・吉越立雄(新潮社)
・『能百番を歩く(上)』著/杉田博明・三浦隆(京都新聞出版センター)
・『能楽入門② 能の匠たち その技と名品』編/横浜能楽堂 監修/山崎有一郎(小学館)







国立能楽堂



(2008年執筆)



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[ 2012/04/17 05:50 ] 舞台 | TB(1) | CM(0)

井筒

能楽のたのしみ


 実際に能楽堂に出かけ能楽を鑑賞するなかで謡や舞、能面や装束などさまざまな点に興味を持ちましたが、今回は能の演技はどのような特徴があるのかというところに焦点を絞り、「井筒」の感想を交えながら考察していきたいと思います。


【井筒のあらすじ】
 大和長谷寺に参る僧が、今は荒れ果てた秋の在原寺に立ち寄り一人の女と出会います。女は、在原業平と紀有常の娘との筒井筒の恋物語などを語り、自分こそ有常の娘であると明かし姿を消します。夜になり僧の夢に有常の娘の霊が、生前の美しい姿で現れ、業平の形見の冠と衣装を身にまとい恋慕の舞を舞います。
 舞台には、薄のついた井筒(井戸)の作り物が置かれます。後半に有常の娘の霊が井筒を覗きこむ場面は見どころの一つです。


【能の演技について】
 演者は腰を低くし体の重心を下に置く「構え」という姿勢をとり、「すり足」という足を舞台にすりつけた歩き方をします。笑い声や泣き声はありません。悲しい時には少しうつむき(「クモル」)、もっと悲しい場合には手のひらを眼の辺りに近づけます(「シオル」)。嬉しい時には少し上を向き(「テル」)、怒りなど強い意志を表すときは、顔を強く対象物に向けます(「面(おもて)を切ル」)。
 ワキ(脇役)は現在生きている、しかも必ず男役なので能面はつけず(直面ひためん)、ある意味で観客の代理人でもありますが、ワキはどちらかと言うと座っている場面が多く、舞いを舞うことは殆どありませんが、曲によってはシテよりも大活躍して激しく動き回ることもあります。


【井筒の感想】
 今回の「井筒」では、小面(こおもて)という若い女性の面を着けていました。オレンジ色の装束で、若々しくきれいな印象をもちました。
 「昔、この国に、住む人のありけるが」で始まる曲は幼い男の子と女の子が隣同士で住んでいて、次第に恋が芽生え、将来を誓うというふたりのかわいい思い出話ですが、 「風吹けば沖つ白波龍田山、夜半には君が一人行くらん」のサシ謡は、二人が夫婦になり、夫が高安の女のところにいくことを知りながらも、妻は夫の道中の無事を祈って見送るというもので、ただ若くてかわいいだけではない、強さと優しさとを併せ持つ女を、能という最小限の表現のなかでみせなければならないのがむずかしそうだと思いました。
 「形見の直衣、身に触れて」は後半の名場面のひとつですが、囃子の手組に合わせながら、左右の袖が業平に見えてきて、身体にそっと大事にしまい込むように胸にあてます。「懐かしや、昔男に移り舞」とシオリをするところは、とても切なく感じました。 夫と愛し合った時間、苦しんだ時間、一人の女性の喜びも悲しみもすべて含み込んで、ただ静かに舞う、シンプルですが、その中に人間の一生の深さを表現するというところに、奥行きの深さを感じました。
 「井筒」は男の能役者が紀有常の娘という女に扮し、その女が業平の形見、初冠や男長絹を着け業平になろうとします。男装した井筒の女は井戸の中にその面影を見て永遠の一瞬を悟ります。男の役者が女に扮し、そんな女の哀れを男の肉体の動きで表現するという作り方をしていますが、能のおもしろいところのひとつだと思いました。  
 このように「井筒」という曲は、井筒の女の業平に対するひたむきな愛、堪え忍び、ひたすら待つ女の純粋な愛を、余分なものをすべて削ぎ落とし、女性の心の襞という核心部分だけで訴えるという極めてシンプルで完成度の高い作品だと感じました。 待つことの精神的な辛さ、そして年を重ねるという時間の喪失感、その二重苦の時間の流れこそが、井筒の女のテーマといえるでしょう。


【プログラム】
平成20年11月9日(日)12:30開演
金春会定期能 国立能楽堂
能「井筒」
狂言「鱸包丁」
能「三井寺」
能「融-しゃくの舞」
附祝言




国立能楽堂

(2008年執筆)



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[ 2012/04/16 16:22 ] 舞台 | TB(1) | CM(0)

現代アートいろいろ2/2

ジェニー・ホルツァー 「自明の理」


【概 要】
 1977年にニューヨークに渡ったホルツァーは、ホイットニー美術館の本を20数冊与えたことが転機となり、あらゆる分野の本を読む中で感じた文章をノートに書き留めていく。その言葉を壁やレシート、電灯掲示板などに打ち込み、さまざまな人々に問いかけ続ける。

【考 察】
 公共の建物や乗り物の中など都市に寄生されたホルツァーの言葉に、ある日突然遭遇されられてしまう。双方のタイミングによって何かが生じる、またはその人その人の心の在りようによっても受け取り方が異なっていくというところが面白い。




memo


JENNY HOLZER(1950~アメリカ オハイオ州生まれ)ジェニー・ホルツァー
「自明の理」シリーズ
先祖はドイツ
文芸系
デューク大学→シカゴ大学で美術の基礎→オハイオ大学→抽象画
1977年ニューヨークに渡りホイットニー美術館の本を与えられ読む 20数冊
インデペンデント・スタディ・プログラム 自主
アフォリズム
光っている一文を書き出していく
何十冊にもなった
ふつうはこやしとして勉強するがホルツァーはことばを食べて吐き出していく
「ベニス・ビエンナーレ」で世界一
タイムズ・スクエアで電光掲示板
歴史・思想・哲学・社会学・心理学・自然科学・言語学・倫理学など
自分が納得いく言葉を選ぶ
感じた文章を自分の文体に直してノートにすることをはじめた
文章を食べて吐き出す
いろいろな言葉を金属やタトゥ、家の壁、電灯掲示板(サンフランシスコでの野球)などにうちこむ
いろんな人をまきこんでいく
タイミング
自分と本との関係性から自分の立ち位置を明確にするために
都市に寄生させる
遭遇させてしまう
アートとは所詮、アイノリティ(少数派)非力だが無力ではない
電灯掲示板(サンフランシスコでの野球)
「You must have one grand passion.」
あなたはひとつくらい強烈な情熱をもつべきである
アウトプットは本だけではない
印刷物は一部の人しか読まれない
誰にも相手にされなくても問いかけ続ける
「自明の理」シリーズ 当たり前のことわり
CDショップのレシートの裏
著書「PROTECT ME FROM WHAT I WANT ことばの森で」淡交社
介入・出会い頭・寄生する・予期しない出会い・遭遇させてしまう
水戸美術館に1994年来日 「ことばの森で」
水戸での電車 サラリーマン向けのメッセージが多かった
次長は新聞 課長と平社員
「あなたは自らがさだめた法則の犠牲者である」
「自らが感じること以外意味がない」
美術館にいかないひとへも問いかける
アートと社会との関係
自分を疑う
「いやなことがなくなればいいと願うだけでは問題の解決にならない」
「権力の乱用はおどろくにあたいしない」
「ひとつの出来事にも無数の解釈があるものだ」
「狂気におちいることによって狂気のなんたるかを理解できる」
繊細な感覚・鋭いまなざし
誰もがわかるメッセージではなく、パーソナルな問いかけ
自分との関係性

詩人 吉増剛造よしますごうぞう
   谷川俊太郎
映画監督 タルコフスキー

淡交社 おのようこ のきれいな本がある







lineline


クシュシトフ・ウディチコ 「パブリック・プロゼクション」


【概 要】
 第二次世界大戦によりユダヤ系である母方の親戚を全員殺されたウディチコは、当然の如く差別や戦争、暴力に敏感になっていく。彼の表現手法は、大きなプロジェクターで建物に映像を映すというもの。1999年にヒロシマショウを受賞した。

【考 察】
 広島の原爆ドームの前の川の護岸に、インタビューした被爆者の手のみを映し、スピーカーからはその被爆者の声が流れる。ドームに直接映像は映せないというウディチコの想い。おどろおどろしい印象ばかりの広島を、彼は美しく表現したのである。




memo


クシュシトフ・ウディチコ(1943~ポーランド ワルシャワ生まれ)
「パブリック・プロゼクション」
映像系
ユダヤ系の母 親戚全員殺される 第二次世界大戦
母は戦争と人種差別の被害者である
「美術手帳1993年8月号」
パブリック・アート公共美術を特集
寺山修二
クシュシトフ・ウディチコは自分自身のことを
「私は写真家であり、工業デザイナーであり、メディアアーティストであり、評論家であり、理論家であり、歴史学者であり、哲学者であり、政治家であり、そして、そのどれでもない」
マサチューセッツ工科(MIT)大学教授 視覚芸術研究所
大きなプロジェクターで映す
パブリック・プロジェクション
建物に映す
京都国立近代美術館に作品がある
差別・戦争・暴力に敏感
99年ヒロシマショウを受賞
世界で唯一の被爆国広島
自分でフィールドワーク
原爆ドームの前の川の護岸に、インタビューしスタジオで録音した被爆者の手だけを映す
スピーカーからは同時にその被爆者の声
原爆ドームじたいにはうつせない 下に手だけ
手は口ほどに物をいう
手だけがコンクーリートに映し出される
広島はおどろおどろしいだけではなく、美しいことでも表現できる

初台ICC
オペラシティ






***
ヤン・フート
ヤン・フート ベルギーのゲント市
ゲント市立美術館の館長
ドイツのカッセルの町でドクメンタ9(ナイン)の総合ディレクター
世界のキュレーター
A「水の波紋」
1995年日本ではじめての試み
渋谷 ワタリリウム美術館
館長 わたり しずこ
キュレーター わたり こういち(息子)
東京青山界隈 原宿の町全体に

蔡國強 原宿幼稚園と墓を竹の橋でむすんだり
 
マイケル・ロス 小さな詩「月は片側からしか見えない」マルチプル(ルーペ150円を買う)電柱 原宿ラフォーレ ルーペでしか見えない詩
宮島達男
デジタルカウンター
まろあかじ
「10 9 8 7 6・・・」いろいろな言語 30人くらい 数字を30ヶ国語

原美術館
森美術館 森ビル
柿の木プロジェクト


B「シャンブルダミ」(友達の部屋)
町の中に作品をちりばめる
世界で初めての指標
ホワイトキューブ以外でも成立できる さきがけをやったひと
場の力 場の記憶
影響されてギャラリーがホテルを借りて美術館やる
ベルギー54件の一般の家が契約
2か月くらい応接間(リビング)に作家の作品が並ぶ
リビングの壁 カーテン 出窓
チケット・注文書・地図を渡される

著書「アートはまだ始まったばかりだ」ヤン・フート




***


lineline


アンジェル・ヴェルガーラ・サンチアーゴ 「メモリー/ドリーム」


【概 要】
 東京、表参道のスタイリッシュなカフェのなかに屋台のカフェを設え、メニューにはドリンクの他に、「Memory \5,000」「Dream \50,000」と書かれている。前者は、お客さんに美しい思い出を語ってもらい、それをサンチアーゴがその場で絵にするというもので、後者は、彼がお客さんにふさわしいと思う場所へ連れていき未来について語り合うというもの。

【考 察】
 送り手と受け手との壁を超え、ゆったり流れる時間の中で幸せを共に分かち合うという穏やかな情景が目に浮かぶようである。


memo


ANGEL VERQRA SANTIAGO(ベルギー アンジェル・ヴェルガーラ・サンチアーゴ)「メモリー/ドリーム」
ベルギー在住
表参道 青山 ワコールがやっているスパイラルホール
スタイリッシュなカフェのなかに屋台のカフェをつくった
手書きメニュー
コーヒー \500
ティー \500
ジュース \600
Memory \5,000
Dream \50,000

メモリー
美しい記憶を世界中まわってコレクションする
一期一会
お客さんに美しい思い出を語ってもらいそれをその場で絵にする

ドリーム
サンチアーゴがお客さんにあった場所に連れていく
未来について語り合う
数時間店を留守にする
興味深い東京のいくつかの場所を前もって見つけていた
ヴェルガーラ自身も美しい想いでをきけて幸せ
送り手と受け手のかべをこえて共に感じる


lineline


正木マサコ他 「アートキャバレー“ラブ・イン・パラダイス”」


【概 要】
 キャバレーという形式をつかって、お客さんと作家(アートホステス&アートホスト)がコミュニケーションし、感じ、発した言葉、考え、行動までも作品にしてしまう試み。

【考 察】
 フライヤーの中のお客さんとホストの心理描写や、推薦のふたりの言葉に垣間見る切なさもアクセントになって興味深い。


memo


アートキャバレー
ラブ・イン・パラダイス LOVE IN PARADISE 2000/12/24~12/31

正木マサコ他
大阪造形センター
パンフレット(フライアー)ローズヘブン 透ける空にエロティックなバラ
オーゼットシーン
アートホスト・アートホステス
企画概要コンセプト
「風俗産業はある種冷やかな目で見てしまう側面もあるが、いつの世も栄え、楽しみたい、話をしたい、聞きたい、聞いてもらいたい、安らぎたい…などいろいろな欲の穴を埋めるコミュニケーションの源である。そんなキャバレーという形式をつかって、お客様とアーティスト(ホステス&ホスト)がコミュニケーションし、感じ、発した言葉、考え、行動までも作品にしてしまう試み…
ていうか…
略。」
欲の穴という言葉で ひっかかる 重要な言葉をひとついれると効果的
キャバレーのシステム
お客様とホストの心理描写

推薦のふたり
一人 46歳公務員
「ワカリニクイワタシヲ ワカッテホシイ ワカリニクイアナタヲ ワカリタイ ホントウハ ワタシ ワカリヤスイヨ ワカリニクイガ ワカリヤスイ キミガイトオシイ」

二人 28歳造園業
「芸術家ぶってるアートはもういらんやん。もうええやん。だからな、単純にな「観てきいてしゃべって飲んだり食べたりしようや」ていうことを言いたいねんやろ?オレいくで!」

アートの閉塞感というもの
キャバレーという形式をつかった
深く入っていける
もっとリラックスしていろんな人に見てもらいたいし自分もリラックスしてやりたい
しゃべっていると自分の考えがクリアになってくる


***
高円寺 プロジェクト名「岡画郎」
岡 啓輔(おか けいすけ) 一級建築士
一連の作品
12年くらいまえのもの
「ビルの中アパート」月6万の家賃を300円で貸す
一畳の部屋
道端にあるチープな双眼鏡
メッセージ
外泊不可
道行くひとを楽しませる
住民も作品の一部
私生活が丸見え
プライバシーをみることは本来タブー
侵犯をアートでゆさぶっていく
「合格発表」
私的―公共
見るものと見られるもの
※不特定多数の人と共同製作する
※道と窓との関係を面白くしたい
窓とはプライバシーとパブリックを隔てる皮膜のような感じ
自分自身がメディア
生活空間そのものがアートになる
見られることを楽しんでいる住人
***



(2009年執筆)


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[ 2012/04/15 18:04 ] 美術 | TB(1) | CM(0)

現代アートいろいろ1/2

地平線プロジェクト(福島県いわき市)<1993年7月~1994年3月>

【概 要】
 蔡 國強の基本コンセプト「この地で作品を育てる」「ここから宇宙と対話する」「ここの人々と一緒に時代の物語を作る」をもとに、小名浜海岸の海上に5キロメートルの導火線を設置し、光による地平線を描く100秒間のサイトスペシフィック・アートを、いわき市民等と共同制作するプロジェクト。

【考 察】
 アーティスト・イン・レジテンスとして、蔡 國強はいわき市に100日間住み、いわき市民と共同作業する中で、時には市民に委ねながら、また、自然を共有する日々を通して徐々に市民からの信頼を得ていくプロセスが良いと思う。なにもないことの素晴らしさ、太陽や光、海、空気、砂浜の美しさに魅せられた彼は、海上に導火線をインスタレーションし点火するという彼独自の表現空間を、市民と協力しながら創造していく。長く仕事から退いていた船大工や、現代美術に触れたことのない市民達の表情が輝いてみえる。5000人の観衆と歓声の中、「私に乾杯じゃなくて、いわきに乾杯」という彼の言葉が印象的である。 



memo

地平線プロジェクト 福島県いわき市 1993年←アートプロジェクトのはしり
蔡 国強 中国人 36歳 

アトリエ=いわきの自然
太陽 光 海 空気 砂浜の美しさ
廃船を掘り起こし館内で組み立てる
海での野外芸術
火薬の爆発
人間と自然は一体になる
地元の協力が作品のひとつ
みんなと一緒に作品をつくるコンセプト
共同作業
現代美術に触れたことのない住民30名が参加
船大工
廃船の掘り起こしから4か月 復元 美術館で展示

午後6時半 導火線
100秒間の芸術
5000m配線
300人参加
40~50人のスタッフ
5000人聴衆
人の善意とエネルギー
インスタレーション 設置
表現空間が生まれる

蔡さんの基本コンセプト
・この地で作品を育てる
・ここから宇宙と対話する
・ここの人々と一緒に時代の物語を作る

大規模
万里の長城
環太平洋シリーズ14 キャリアアップ
野望

サイトスペシフィック
特定の場でないと成立しないアート

アーティスト・イン・レジテンス(滞在)
100日間滞在
市民になるところからはじめた→信頼を得る
フィールドワーク
20㌔㍍の海岸線 まれびと
共有しやすかった
失敗してもプロセス重視
結果よりも作業そのものがアート

イベント
 集まればいい
 盛り上がればいい


アート
 あとからいろいろ気づくことがある
 ネットワークができる

100日間住んだ結果そうしたい
個人がみたい

相互触発
「私に乾杯じゃなくて、いわきに乾杯」
「みなさんのアシスタントになってしまう」
「わたしがボランティアになってしまう」

私が私がではない
地元にゆだねる
地元のひと「人のエネルギー・善意を感じることができた」
近代的自我
いわき市の何もないことが素晴らしい
美しい海岸線・地平線

作る時点からの「相互触発」

クリスト 布で島を覆ってしまうアーティスト
ジャンヌ・クロード






lineline



コールマイン田川(福岡県田川市)<1996年~2006年>

【概 要】
 炭住で生まれ育った川俣 正が20人のボランティア等と共に、炭鉱の町、田川市から無償で2000平方メートルの土地を貸与された10年間という年月をかけて、炭鉱について考え、想いを馳せながら30~40mの鉄塔を建てるプロジェクト。

【考 察】
 仮設建築物が並び、町全体がインスタレーションである炭鉱の町、田川という場所に、作品を残すことを前提に創るのではなく、「一緒にひとつのものを創っていく時間こそが作品である」という川俣 正は、そのアクチュアリティの一貫とした信念に、私は興味を抱いた。ビジョンを持つということは、同時にあらゆる可能性を諦めるということでもあるが、彼は、その時々の「今」をどのように感じているかを内外に向けて問い続け、次から次へと生まれる可能性をひとつひとつ試みていくというまわりみちを繰り返す。そこには、この土地ならではのストーリーと、この土地に住む人々との交流と、この土地と鉄塔との関係性が根底にある。結局、鉄塔は建たなかったが、10年をかけて一瞬一瞬を燃焼し続けようとする彼のアートは、人の一生そのものであり、本来の自然体を想起させる。 



memo


福岡県 川俣 正かわまた ただし
1996~2006
ビデオ撮影時6年目 まだできてない
アナウンサー「アートですかねぇ」
30~40mの鉄塔を建てる
表向きの条件
筑豊炭田 炭鉱跡地
アートパーク構想
無償で2000平方メートル市が10年間貸す
ある期間だけ公共物を借りて作品をつくり、壊す
インスタレーション
廃材を
そこでしかつくれない作品

***
アルコール麻薬依存症病院
町へ戻りたい患者
町へと続く木製の遊歩道
河を渡る橋
運河を下るボート
依存症者と共同でつくる
3年かけて桟橋をつくる
「アノニマス」
「チェーンリアクション」
***

コールマイン田川
20人のボランティア集まる
炭鉱の町 田川
炭鉱についてみんなで考え10年かけて鉄塔を建てる
「10年という時間が大切」
いろんな人のアイデア
自分の当初やりたかったことがだんだん変わっていく
みんなで話し合いながらのまわりみち
人々との交流
お金をかけてボンと建設会社がつくるものではない
手作りで
「簡単なものをつくりたくない」
完成予想図がない
鉄塔をつくる過程すべてが作品
そこでしか作れない作品を目指す
「サイトスペシフィックアート」特定の場所
「ファシリテーター」促進者
川をわたることで当時の炭鉱を追体験する
地域の人々とかかわる


この地を選んだ理由
 炭鉱の町
 彼自身炭住で生まれ育つ
凸凹のたてもの
 年代
ながや
すべてが仮設
仮設建築物
町全体がインスタレーション
「僕がやっていることはアートレスです」
 
プサンでのプロジェクト
日本の炭住 田川
韓国の炭住 ゴーハン
の合体

日本と韓国を結び歴史を見つめる

「一緒にひとつのものを作っていく時間こそが作品」
「残すことを前提としてつくってない」
「全体像を想定して作るのではなくその時その時
今このときに何を感じているのかに興味がある」
「アクチュアリティ 今だけが信じられる」
「大きな展望を拒否している」
あらゆる可能性をひとつひとつやっていく
その土地ならではのストーリー
この場所と作られるものとの関係
自己完結させない
結果をすぐ出さない
「とおいまわりみち」
その時々の感情を燃焼しきること

ワークインプログレス
成長するプロジェクト
チェーンリアクション
次から次へと
複数の主体がある

結局、塔は建たなかった


アートは非力だが無力ではない
即効力にならない
アートは政治と対極
町おこしのためではない
エコのためでもない
3年かけて桟橋をつくる
アルコール依存症の家族はじょじょに理解
10年の重み
ビジョンを持たない
アートと社会の考え方は違ってもいい
一緒にひとつのものをつくっていく時間こそが作品
残すことを前提に作っていない
「今」が大事
その時々の「今」を燃焼し続けること=川俣さんのアート

ファシリテーター 促進者
「他人にゆだねる」高踏な次元でのやりとり 信用しているからできること
「多様性」をどう生かすか 「相互触発」 普遍的 今だからできる

『より良く生きる』
満ちてきたとき、大事に大事に着地させる
孤独な時間を持つ毎日
自分というフィルターを通して五感でダイレクトに感じる→気づき
もつれること
すれ違っているだけではいけない
信じられるものをあたため続ける

アサヒビール 「プロジェクト アート プロジェクト」地域とともに

① コミュニティアート 市民芸術祭 けいがいか
② アート系NPO 樋口さんが元締め
③ アートプロジェクト 一方通行ではなく送り手と受け手が一緒に相互触発 有名なアーティストと普通のおじさんなど
上から目線ではなく教育ではなく・・・
質を下げないように
客寄せパンダにしてはいけない





lineline



IZUMIWAKUプロジェクト
(東京都杉並区)<1994年(第1回)>


【概 要】
 「身近なところでアートする」「本物を感じさせてあげる」「こんな価値観があることを見せる」をテーマとする、杉並区立和泉中学校の美術教師兼作家である村上タカシと22人の作家等が、地域に根ざした学校というオルタナティヴ・スペースにアートを散りばめ、子供達の日常の場である学校を美術館にするプロジェクト。

【考 察】
 普段出会うことの少ないアートやその作家と身近に触れ合うことは、多感な子供達にとって貴重な体験になっただろうと思う。美術館では直に触れることのできないアートを、五感を通して様々な価値観によって触発されるという画期的なコンセプトだと感じる。中でも水嶋一江のインスタレーション・ミュージックは、体の動きや緊張感が美しいと感じた。しかし、これらのアートすべてが本物かというと、私はそうは思えない。ただ、イベント的な感を拭えない部分はあるにはあるが、実験的な試みとしては大きな影響力があっただろうことは察することができる。



memo


IZUMIWAKU 杉並区和泉中学校 村上タカシ
学校→村上タカシにとってリアリティがある場所

22人の作家
地域のひとに芸術を
岡本太郎 「すわることを拒否するイス」
指のかた
キミ・ヘミン
カリストフ・シャルル
子供的感覚 なぜ音楽をつくるのか
より深く聴くためか
音楽を忘れるためか

谷 みつお
表裏をテーマ

西嶋暁子
モノタイプという版画 海の絵日記

たたみにかいたもの

藤 浩志
新聞にかえるの絵
人口問題の記事
学校の階段 祖先の数を計算
かえるが風に飛ぶ
鴨川にこいのぼりを泳がせるエピソード

古屋俊彦
コンピュータ 意味のない文字列

カフェでドローイングするビデオ

植物の種

Who are you?


美術館、画廊は閉鎖的
学校は案外開放的

Myself
自分とはなんだろう

美術館とちがってふれられる

365日大作戦

パフォーマンス

教頭先生
地域に施設を開放する
学校の管理に気をつかった


概要

藍画廊(銀座) 美術教師以前にアーティスト 村上タカシ
「学校美術館構想」を個展にだす
リアルな場所は学校
テーマ
・身近なところでアートする
・本物を感じさせてあげる
・こんな価値観があることを見せる

多感な子供
その場じゃないとできないアートとはかぎらない
場に触発される
ホワイトキューブ

ほこり 自分自身もメディア
不自由ななかで他者のことを考える
異化作用+変容 純化 絶対純度 
教室でほこりのパウダー 学校のごみ ひとりで掃除機 ひとりでゴミをこす 教室を選ぶ 尋常ではない 普段使っているロッカーの中、床、机などが皮膜で覆われる 空間が変容していく驚き 汚いものが美しくなる

視聴覚交換マシーン メディアアート 無意味の意味 声をかける 手をにぎる ディスコミュニケーション お互いにコミュニケーションしないと終わらない 他者を意識する
一見エンターテーメント 体験したらまたちがうかもしれない
 
おざわつよし
なすび画廊 牛乳箱ではない 画廊の概念
ミッシェル・フーコー(哲学者)「これはパイプではない」

Who are you? なんでピース?
インスタレーション設置 聴覚・心理描写・五感
ビトゲンシュタイン「語りえぬもの」

水嶋一江
紙コップと糸 プロモーションビデオ 
ビヴァルディ「春」
眩暈
ストリンググラフィー
インスタレーション・ミュージック
糸に感情が伝わる


わかるわからないは別
何のためではない 意味の病に陥らない
感じることが大事
異物
こういう現代アートもある
自分自身がメディアになってしまう

オーディエンス
学校でやることの意味
わからないことがわからない
アートとはなにか 作家がこれはアートだと言えばアートになるのか
受けてがアートだと思えばアートなのか
ほこりをみて、これがアートかというと・・・
多感な子供たちに体感させる パフォーマンスでも普段は触れ合う機会がない
よくわからない
何かを気付かせるためにアートをつかう


(2009年執筆)



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[ 2012/04/15 18:04 ] 美術 | TB(1) | CM(0)

実はまだ迷ってる

 今日のピアノレッスンで学んだこと

 ・右手の五連音符と左手の八分音符ふたつの連なりを正確に合わせる。
 ・レガートの音型を切って弾かない。
 ・スタッカートが続くときでも音楽は止まらずにつなげる(流れる)。
 ・バスのテーマはその音域の性質上軽めのタッチ、音質で。
 ・その曲全体のクライマックスはどこか、細部の盛り上がりはどこか、ここはどこに向かっているのか、故にここはこういうニュアンスで。
 ・三声が一声になる直前のバスは長めに響かせる。
 ・右手の和音は太めに、左手の応答はPPで歌う。
 ・和音のメロディーは腕全体で抑えて弾かず、指の上げ下ろしで弾きコントロールする。
 ・メロディーラインの浮き立たせ方。
 ・内声の和音の伴奏のところは旋律が埋没しやすいので、ソプラノを少しクレッシェンドしてクリアに。
 ・アウフタクトから始まる新たな主題と、その直前のフレーズの終りを重ねない。
 ・クレッシェンドの始めは一旦弱くする。
 ・トリルをきれいに。
 ・クレッシェンドしたくなるところ、テンポを速くしたくなるところがあるが、コントロールする。
 ・クレッシェンドしやすいところ、テンポが崩れやすいところは、セキュリティのため認識しておく。
 ・同じ音型が続くとき、一回目、二回目の意味の違いを知り、表現に変化を付ける。
 ・十六分音符の速い音型が続くとき、タカタカタカタカ・・・
 ・ペダリング




 レッスンが終わったとき、七月のピアノの発表会に出演するかどうか、実はまだ迷っている話をしました。
 「ゆっくり考えていいよ。今、音楽的に出てきているからやってみたほうがいいと思うけど・・・。」と先生からお言葉を頂いたけれど、まだ踏ん切りがつかずにいます。
 でも、今までのステージ上での失敗談やトラウマを話したら少し気が楽になり、失敗しても死ぬわけじゃないしね・・・と思えてきました。試験でもコンクールでもないんだし、誰かに裁かれるわけでもないんだし・・・と、自分に言い聞かせ中です。





Clementi/Gradus ad Parnassum Op.44 No.5
J.S.Bach/Das Wohltemperirte Clavier BWV 848 Cis-dur からFUGA
Beethoven/Klaviersonate Nr. 13 op. 27 Nr. 1 Es-dur から1 mov.



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[ 2012/04/15 14:04 ] クラシックピアノレッスン | TB(0) | CM(0)

きむらとしろうじんじん「野点」

「野点(のだて)」:きむらとしろうじんじん 

2008年10月28日/黄金町バザール



【概 要】
 普段交わることのない様々な人々に思わぬ出逢いの場を設け、そこで作業を共有することで一層の互助的な関係を形成するプロジェクトに一貫して取り組んでいる。その内容とは、あらかじめ用意されている素焼きの器に来場者が釉薬で絵付けをし、きむらとしろうじんじん氏が窯で焼き(約40分)、来場者と氏とで合作した焼きたての茶碗で、談笑しながらお茶を楽しむ移動式カフェ(「野点」焼立器飲茶美味窯付移動車)である。

【考 察】
 私がフィールドワークに足を運んだこの日は、あるラーメン屋の隣のわずかなスペースの空き地であった。アトリエから離れた変哲のない野外、同じ空間の中でものを制作するという送り手と受け手の距離間についてまず考えさせられる。つまりこれまでの陶芸家にとっての創作の場、あるいは発表の場というのは、極々限られた人が集まる閉鎖的環境であった。しかしこの「野点」では、送り手と受け手との主従関係という垣根を取り払った、対等な立場で直接的コミュニケーションをし合える距離間なのである。そこには作家と気楽に歓談しながら共同制作をしていく楽しさがある。
 「これ素敵な色合いですね。どの色を混ぜて塗ったのですか?」などと作家が来場者に尋ねている場面も見られた。本来は作家に尋ねたいところなのだが、作家自身が来場者から学びたいという謙虚な姿勢に私は好感を覚えた。このように互いに触発されながら共に制作することは、アトリエにこもって一人きりの世界で制作することとはまた違う、予想のつかない未知の可能性が横たわっているようで興味深い。作家の表情も楽しげで、物腰の柔らかさ、ユーモアのある会話術は、私も彼から学びたいところである。 来場者と氏と場との融合から一つの作品が生まれるという、その偶然性の出会いが素晴らしく思う。

 次に外観についてであるが、ドラァーグ・クィーンに扮した全身カラフルな衣装は、同じくバザールに参加している作家とコラボして作ったというもので、異なる表現ジャンルの人とのネットワークも大切にしていることがうかがえる。誰もがその衣装やメイクに笑顔になる。特に子供たちが嬉しそうに目を輝かせて近寄っていく。これが格式ばった美術館などであったら見られない光景であろう。このように作家がハコから町に出ることで、アートと無縁であった人がそれに触れる、また、そのような人と作家が出会うという、互いに出会いの幅が拡大することがわかる。ラーメン屋の隣のなんでもない狭い空き地が茶碗を制作する共同作業場となり、通りがかる人が思わず立ち止まってしまうような、それでいて余計な音楽や飾りのないシンプルな空間。とてもユニークなアートプロジェクトであると思う。


きむらとしろうじんじん

きむらとしろうじんじん(2008年10月28日:日ノ出町町内会館横空地(ラーメンたつ屋横)にて)



茶碗

じんじんさんと共同制作した茶碗。談笑しながらのコーヒー美味しかった。



野点BLOG
黄金町エリアマネジメントセンター




memo


きむら としろう じんじん

9/11~11/30 黄金町バザール
陶芸家 エイズの問題にも取り組む
「野点」 陶器 ドラッククィーン
焼立器飲茶美味窯付リアカー
やきたてきやむちゃびみかまつきリアカー
リアカーでいろいろなところで1500円で焼いた器を買いお客が絵付け
40分やく
受け手と送り手 一度限りではなくコミュニケーション
京都市立芸大でアカデミックにやってきた
陶器とはこういうものだと教えられてきた
ワークショップ
お茶をたてる たわいのない話をする
京都の名所で江戸時代リアカーをひいてお茶をたてる 
売茶翁(ばいさおう)京都の万福寺のうじ
若冲(じゃくちゅう)
大雅
木村けんたろう(江戸時代のプロデューサー)
「どないやねん」というのをフランスでもやって成功
時間を共有 場を創造する
(2008年執筆)



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[ 2012/04/14 06:37 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

猿田彦土中神社プロジェクト

「猿田彦土中神社プロジェクト」:鈴木寅二啓之

2009年1月14日/猿田彦神社(伊勢)


【概 要】
 縄文人は常に大地への畏敬の念を抱き、大地との循環を意識しながら生活していた。猿田彦大神は縄文時代から日本の大地を護る調和の神である。このプロジェクトは、鈴木寅二啓之氏の幼少期から身近の存在であった「神」と、彼の創造の基である「大地への想い」(縄文の世界観)を表現するものである。それは、大地からせり上がった八角形の様相であり、角部は土中からのびる赤縄によって施され、内部の天井には“土中絵画〈*〉”が配置されている。制作過程の土壁左官作業(土塗り)と角部分赤縄(日本伝統であるしめ縄様式)は、地域の子供たちと共同で制作したものである。

【考 察】
 猿田彦土中神社の外観は、神聖さを湛えながらも土臭い素朴さがあり、凛として静かに力強く呼吸している感がある。内部に入ると、そこは俗世から隔離された静かな空間、土の匂い、母体に守られているような安心感に包まれた。耳を澄ませば、自然の脈打つ鼓動が聴こえてくるかのよう。天井の薄日に透けた土中絵画を見上げながら、自然の壮大なエネルギーや生命の誕生と神秘を感じると同時に、縄文時代から受け継ぐ天と地の調和への祈りが感じられた。


註 *鈴木寅二啓之氏が1993年より行っている独自の美術表現手法。天と地と人が結ばれ全てが調和することを意識して和紙に描き、その絵を土中にうめ、約100日間を経て土中から掘り起こすというもの。



猿田彦土中神社
土中絵画1
土中絵画2




猿田彦土中神社メモ (2009年1月14日)


鈴木寅二啓之(すずきとらじひろゆき)
八角形 八本の木
天井から光 床も土 土壁
1m×1mの入口
木枠の扉 赤い縄 赤いしめ縄8角形にそって土から出ている
高さ3mちょっと 8角形の辺が1m 色褪せた赤 黄土色の壁
① 穴掘り
② 絵画埋め
③ 掘り出し
④ 縄染め
⑤ 土壁塗り
⑥ 赤縄しめ
静岡 八百万神 やおろずのかみ
縄文時代 土偶や土器に興味
大地との循環
縄文時代から日本の地を守る神々が“国の神”くにつかみであり、猿田彦大神は国の神の中でも稀有な存在として親しまれている。やちまたの神として天と地の境にいてそれを結んだり大地を司る方位の神として有名。

奉納舞~啓之神楽みちひらかぐら
鈴木邦江(ダンナー・振付家)

 土中絵画とは私が15年前より行っている独自の美術表現手法です。 これは描いた絵画を土中にうめるもので、描いた絵画を“土にうめる”という行為は、幼少の頃より親しんでいた“地の神様”の力(大地)との融合と、縄文人が土偶を“土にうめる”というところからきています。縄文時代の土偶は母子像を表しており、再生の願いから土にうめられていました。それは古来日本人は地に入ることで天にのぼると考えられていたためでしょう。
 “土中絵画”は、天と地と人が結ばれ全てが調和することを意識して和紙に描き、その後、大地(今回は猿田彦神社境内)に裸(描いた絵をそのまま)の状態で土中にうめ、約100日間を経て、土中から掘り起こすもので、縄文人の世界観と同じく、地から入り天にのぼり、天と地を結ぶものと考えています。 (鈴木寅二啓之)



(2009年執筆)



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[ 2012/04/13 02:09 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

記憶の香り

「記憶の香り」: AirPlug〈*〉 (井上尚子・柴山拓郎)+塾生

2008年11月26日/慶應義塾大学日吉キャンパス来往舎イベントテラス


【概 要】
 「語る」「想う」「触れる」「集める」をテーマとする4ブースの空間を、香りと電子音響でつなぎ、刺激されたその嗅覚や聴覚から来場者の記憶の回想を促すというもの。会場となるキャンパス内の学生等の個人的な香りのエピソードを様々な手法で表現し、来場者の「記憶の香り」とリンクさせ共有する。

 「語る」では、キャンパス内の学生や教師、そこで働く警備員、清掃員等約30名にインタビューし、その模様を録画したものをテレビで放映している。その内容は、「あなたの記憶に残っているにおいは何ですか?」、「その香りは好きですか?」、「エピソード」の3つの問いかけに対する返答。
 「想う」では、小中学校の教室にある懐かしい机と椅子が8組、円を囲むように設置され、机の上には様々な香りが入った小瓶が一瓶ずつ置かれている。香りの内容は、コーヒー、チョコレート、ハーブ、香水、柑橘などで、どれもこの学生等の思い出深い香りである。机の中にはその香りにまつわるエピソードが書かれた紙がそれぞれ数十枚入っている。
 「触れる」では、古着が展示され、身につけていた人の衣服にしみついた香りを嗅ぎ、それを手に取り肌から伝わる感触を味わう。その脇には、以前ハンドボール部のマネージャーをしていたという女子学生の思い出深い松脂がおかれ、その香りがあたりに漂う。
 「集める」では、放課後を思わせるような照明を落とした空間に、机と椅子が4組設置され、アンケート用紙と鉛筆が置かれている。これまでの余韻に浸りながら、来場者自身の「記憶の香り」を用紙に書き足し、机の中にしのばせ、提供者と来場者の共同作業がここに完結する。


【考 察】
 記憶とは、その時無意識に嗅いでいるにおいと連動しているようである。例えば新しい本のにおいを嗅ぐと新学期が始まる緊張感や期待感がよみがえってくるような感覚であろうか。香りにまつわる様々なエピソードを読むと、面白いことがわかる。ある香水を嗅いだ一人の男性は、大好きであった元カノがつけていた香水だから「好き」だと答え、一方ある女性は、元カレがつけていた香水だから「ウザイ!」と答えていた。同じ香水でも、人それぞれ好き嫌いが分かれたりする。異なる感覚や感情だからこそ、人と人は分かり合うために歩み寄り、語り合い、影響し合い、そこに新たな発見があったりする。人と「違う」ことは、素晴らしい個性なのだとあらためて感じることができる。
 一連の電子音響には、電車の走る音、階段を駆け上る足音、水洗トイレを流す音、鳥の鳴き声、公園で遊ぶ子供達の笑い声などが、BGMという脇役に留まることなく、「香り」と対等な重きで使われていた。



*香りと音をテーマに、五感を刺激し、体験する人の記憶を呼び起こすような空間作品を制作するユニット。







AirPlug(井上尚子・柴山拓郎)インタビューメモ (2008年11月26日)


視覚と聴覚とのギャップ
ここにいた人がきいている音(足音)だとか、トイレの流れる音、ここに来る時に聞いてきただろう音(電車や駅などの音)
想起させるもの
個々の発想と発見
人それぞれ違う回想
人のはなしをきくことでよみがえる香り
視覚や聴覚だけではない作品
光と香りと音
男性:好きだった彼女がつけていた香水だから「好き」
女性:うざい元彼がつけていた香水だから「嫌い」
人それぞれのちがいのおもしろさ
「好き」夕立のにおい、母が学校まで迎えに来てくれた
飼っている犬のにおい、家族のにおいほっとする
キャラメルのにおい、おじいちゃんの家にあった
図書館のにおい
おばあちゃんの家のにおい
朝のにおい 新鮮で冷たい感じ
「嫌い」入試会場
それぞれのストーリーが香りにかくれている
古着は誰かのにおいをうけついでいく
前に住んでいた家も、誰かのにおいをうけついでいく
松脂
ハンドボール部で手につける松脂とクリーナーのにおい=部員との思い出
石鹸や救急箱にもつく
そういう経験のない人が松脂をかぐとまた違ったかんじになる
小さい子供はなつかしいとか思わないと思うが、新しい発見になる
性別や年代などによってもにおいの印象がちがってくる
普段は気付いていないにおいが、記憶と結びつく
臭いにおいや怖い音は身の危険を感じるといわれている
ハグする理由 コミュニケーションしながらにおいで健康かどうかをみる
鼻のたかさは寒い地の人種にかなっている
エスキモーは鼻をつけあってにおいを嗅ぎあいさつする
あかちゃんのにおい 死んだおじいちゃんのにおい 怖くなる
においから始まりにおいで終わる気がする
融合と統合
音・香・自分
においは触ると同じくらいにリアル

(2008年執筆)



[タグ未指定]
[ 2012/04/12 01:58 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

バスカメラ

「Sightseeing Bus camera〈1〉 Project」:佐藤時啓Ray Projects〈2〉 


【概 要】
 Sightseeing Bus camera(バスカメラ)は、カメラの語源となった暗部屋を意味する「カメラ・オブスクーラ」の現象〈3〉を使って、バス1台を大きなカメラにしてしまうもの。バスの中全体を暗室にして、小さな穴をあけた両サイドの窓からレンズを通し光が差し込むと、外の景色が車内の通路に設えたスクリーンに映し出される。バスが走ると、走馬灯のように外の町並みが逆さまに現れては消え、普段見慣れている景色とはまた違った趣を体験する。

【考 察】
 普通我々は、カメラで撮ったメディアを現像し写真にしたものを見ることが一般的であるが、その手段であるカメラの中に人が入ってしまうという面白い企画である。写真の場合は、それを見る時にはすでに過去の光景として映っているが、バスカメラの場合は、リアルタイムでその場に居合わせるといった体感型アートともいえる。「カメラの原理とはこういうものだったのか!」という、まさに体験することで得られる生々しい発見がここにある。写真を撮る場合は、構図、ピント合わせ、光の当たる向きなど考えなければならないが、バスカメラはその点考えなくて良いため技術的には気楽ではあろうが、その分違う視点に注意を払うことで伴う表現の可能性が広がるのではないかと思われる。場所やその日の天気、時刻などによっても趣が異なり、その一瞬一瞬の光と影の出会いを尊ぶ作家の想いを、バスカメラに揺られながら私は感じた。同じものは二度とできないという、音楽でいうコンサートのような一回限りのある種の儚さがあるが、それを体験したものの感動はずっと忘れないものとなるだろう。特に子供が喜んでいたのが印象的であった。これが敷居の高い画廊などであったら、子供の無邪気な笑顔も見られないであろう。写真やカメラには関心がなくとも、バスカメラなら楽しいと思う人は多くいそうである。
 学生時代は彫刻など立体作品を学び、光が特徴の写真作品を展開の後、町中に表現活動の場を移していった佐藤時啓氏であるが、これまでと同様「光」をテーマにすることを根底に持ちながら、表現の枠や常識を超えたプロジェクトであると思う。


1.芸術表現活動であると同時に、カメラの中を体験し、その原理を理解する科学の実験でもある。
2.東京芸大、佐藤時啓氏を中心に原初的な光学的原理を用いた芸術表現を行う任意団体。バスカメラやピンホールカメラの原理を用いた表現活動をおこなう。Ray projectのRayとは光という意味。
3.暗闇があって光が差し込むと、そこには必ず映像が映るという現象。




風車




佐藤時啓氏インタビューメモ (2008年11月16日)


 バスカメラは三友周太(薬剤師)から手紙がくるところからはじまる。

 東京藝術大学准教授である佐藤時啓は、彫刻など立体作品を大学で学び、90年代から光が特徴的な写真の作品をつくるようになる。
 2000年代からは画廊だけではない、さまざまな人々とかかわるプロジェクトを始める。ワンダリングカメラ(漂泊するカメラ)から、走っている状態で見ることができるバスカメラに変化する。秋田県大潟村(2004年10月)からはじまり、茨城県取手市、銀座・・・と運行してきた。風景に追い越される体験、逆さまにうつる風景、逆方向に進む風景。

 現在はだれでも同じ情報を得ることができ、同じように表現する可能性がでてきた。活動の拠点をアトリエだけでいいのか?と考えるようになり、90年代後半から2002年からは直接人々とかかわる方向へ移行していった。ワークショップもそのひとつの方法である。
 台風の影響により処分されるかぼちゃをカメラにするこころみ。闇と光があればカメラになる。闇の中に光が入ると映像がうつる。Camera obscura(カメラ・オブスクーラ)。木漏れ日もじつは同じ原理。現在もあるカメラ・オブスクーラは、EdinburghのThe Outlook Towerや、ディズニー・シー。

 90年代から写真をはじめ、94年を最初にカメラ・オブスクーラを作るようになる。これは廃校の屋根に穴をあけレンズをとりつけ、床にダムに沈んでしまう町を映すというもの。ここからアトリエで作品をつくることはなくなり、作品を観るだけではなく体験してもらう、大きな画面にイメージを重ねる作品へと移行していく。

***

リクシャーカメラプロジェクト  
 バングラデッシュで、リクシャーを町工場にいって2万円で作ってもらい、カメラに改造。リクシャーの屋根にレンズをとりつけ、膝のうえに動く映像を楽しむもの。バングラデッシュで運行した後、日本に持ち帰り田舎で走らせた。日本の人力車がアジアに伝わり、また戻ってきたかんじ。

ワンダリング・カメラ・プロジェクト
 いろんな場所に行ってカメラを設置して、ゲリラ的に町に現れるプロジェクト。第一の目的は大きな写真を撮るため。一見キャンピングカーにみえる大きなカメラなので、韓国にいくときに困った。韓国にキャンピングカーは輸入できないので、「これはカメラです」と日本語とハングル語で書いたら通ることができた。この由来のために、バスカメラにも「このバスはカメラです」と書いている。初めは険しい顔をしていた現地の人が、いざ体験してみると楽しそうな顔に変わる、表情の一瞬の変化がうれしい。

ポストをカメラにするこころみ 宮城県



長崎県雲仙。ゴミがいっぱいの廃屋というネガティブな場所を、町の人々と掃除をして、カメラを置く場所へと変えていく作業。船の形のスクリーンと船のかたちのテーブルに、それぞれ有明海と雲仙岳が映る。
町おこしのためにアートがあるわけではないが、場所選びは非常に大事。

 岩手。

単純に像を映しているだけだが、カメラにすることにより奥行きのあるものが平面になり、絵画のようになる。

家にもレンズをつけていて、隣の家が映るようにしてある。四季折々や、天気によって、時間によって、景色が変わる面白さ。雪の日は最高で、雪が舞い上がってみえる。

360度カメラ グリーニング(拾い集める)
映し出されたイメージを共有するというプロジェクトから、映すほうを体験するプロジェクト
タイル張りのようなかんじ

近代は、いかにピントと構図を合わせるかという視点というよりも、とりたい気持ちととりたい場所、偶然に映ったものを受け入れることが大切。

写真をやりはじめてからアトリエをでる。街中で長時間撮影。鏡で反射させる。
90年代おわりから海の作品をつくるようになる。
制作そのものを作品にする。

井戸プロジェクト(2002)
深さ40mの井戸掘り。10日間足でパタンパタンふみながら手作りで井戸をほる作業。ジャングルジムのようなあづまや。最終的に流しそうめん。

M1(エムワン)プロジェクト(2007)
利根川河川敷。
処分されるユニット(ひとつ四畳半)を4つ、ななめにたてかけるようなかんじに接合。クレーンではなく、手で接合することにこだわる。
機能をもった作品。遊ぶことができる空間。滑り台。クライム。休憩所。
表現活動と、町と人とどうかかわっていける可能性があるのかをいつも考えている。

***

共同作業するときは自分の欲求をある時は抑えなければならないが、自分を突き詰めて作品制作に臨むときは個人でするというように使い分けを繰り返している。
バスカメラでは、技術的なことはいらないし、お金もあまりかからないので気楽にできる。というふうに、スイッチを切り替えている。

山口県宇部市に、唯一パブリックアートがある。
ドーム状の4つのカメラ。コケ。

日常見えるものがちがってみえるから飽きない。
なんのためにやるの?険しい顔がにっこりするくつがえしがうれしい。
日本には町中にアートがないから逆に可能性がある。常にアートがあるニューヨークではバスカメラをやる必要性がなく感じた。

芸術は、目的をもたないもの。結果的に何か作用することはあるかもしれない。
なにかを変えることを目的に芸術をやるのではない。

町中に異物が出現するおもしろさ。
アートとは、目的のないものである。結果として何か世の中に変化を与える可能性があるかもしれないという立場。


(2008年執筆)







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[ 2012/04/10 05:03 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

平山郁夫展

 今日は、明石市立文化博物館で開催中の平山郁夫展に行きました。
 
 『建立金剛心図』と『入涅槃幻想』と『広島生変図』と『受胎霊夢』を一番楽しみにしていましたが、今回はどれも出展していなくて残念でした。特に、『広島生変図』の原爆で真っ赤に燃え盛る広島の空に浮かぶ不動明王を観たかったです。

 『建立金剛心図』以来、厚塗りという技法で描かれ、その彫刻刀で彫られたような凹凸に画家の込められた念を感じます。独特な群青や金色を肉眼で観ることができて良かったです。出展されていた作品の中では、『瀬戸田曼荼羅』と『亜羅比亜の翁』が素晴らしく、好きになりました。
 
 仏教の他に、『月光砂漠らくだ行』や『シルクロード天空』など、砂漠を歩くラクダのキャラバンをテーマにした作品も数多くあります。かねてから砂漠とラクダのモティーフが好きだったこともあり、異国の神秘にロマンを感じます。




 これは、十数年愛用している湯のみです。メルヘンチックな気分で一服します。

湯のみ1
湯のみ2









平山郁夫美術館



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[ 2012/04/09 17:13 ] 美術 | TB(0) | CM(0)

カタカナいっぱい音作り

昨日のDTMレッスンで学んだこと。


・ドラム譜の読み方
・ノート補正
・バスドラムとハイハットのベロシティ補正(裏拍、シンコペーションによる)
・ベースとストリングスの重複する低音のボリュームバランス
・ベースの記譜と実際
・ベースのゲートタイム(デュレーション)とノリ感の関連性とバリエーション
・ストリングスのトップノートのベロシティ調整によるサウンド感覚
・スナップのオン・オフ
・ショートカット
・時間軸の見方
・クオンタイズとロケーション値



音を作るってアナログでもデジタルでも面白い!って感じました。
導入の段階で言うのもなんですが、奥が深いなぁ・・・と。
なんでもそうですが、物事を極めるのは大変なこと。
でも、同時に喜びや楽しみがあるから続けられるんですね。



【課題1】
テナーサックス、ストリングス、ベース、ドラムの8小節音源の打ち込み練習




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[ 2012/04/08 07:49 ] DTM レッスン(Cubase) | TB(0) | CM(0)

翔いてきた

 今日のピアノレッスンで学んだこと。

 ・正確な5連符を弾くには、5文字の言葉に置き換えて歌いながら練習すると良い。
 ・鍵盤に指を置く位置が手前すぎて親指が鍵盤の外に落ちてしまうので、もう少し奥で弾く。
 ・音が跳躍するときは、手だけではなく、手首や肘も移動する。
 ・比較的長めの休符の最中は、次の音のところに移動して空気を動かさず、前の音のところで待機、緊張を作り出し聴かせる。
 ・形式の変わるところは気持ちも切り替える。
 ・ブレスの場所。
 ・間の取り方、タイミング。
 ・音を出す前にその曲のイメージを思い描く。
 ・シンコペーションの音の重み。
 ・強弱を正確に。
 ・強調する音。
 ・急がず慌てず、しかし音楽は止まらず流れて。


 先生から「音楽的に翔いてきた」と褒められました。自分でも何かが開けた感じがします。
 この調子、この調子♪ルンルン~♪とスキップしながら帰りました。たぶん、誰にも見られてはいないはず・・・。
 孤独な修行、続きます。


Clementi/Gradus ad Parnassum Op.44 No.5
J.S.Bach/Das Wohltemperirte Clavier BWV 848 Cis-dur
Beethoven/Klaviersonate Nr. 13 op. 27 Nr. 1 Es-dur から1 mov.



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[ 2012/04/01 13:30 ] クラシックピアノレッスン | TB(0) | CM(0)
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