FC2ブログ

音楽レッスン帳

クラシックピアノ・ジャズピアノ・エレキギター・作曲・DTM・オーケストラ・パーカッションのレッスン日記 ♪ 姉妹サイト「ニョキリサ」もよろしくお願いします(๑˃̵ᴗ˂̵)

ラフマニノフに寄せる思い

 昨日のオーケストラの練習で、ラフマニノフのピアノコンチェルトのとき、ティンパニの先輩が打つタイミングや音量やその他注意点を教えてくださいました。

 音は、その人の気持ちの在り方、生き方までも映し出すと、つくづく感じます。
 私には無いもの、あるいは足りないもの、またはまだ潜在意識の中に燻っているものを演奏で出さなければならないと感じ、どうしたらそれが開花できるか考えています。

 私は一昨年までの十年間に、精神科の病院へ年単位の入退院を繰り返してきたのですが、その時に主治医やカウンセラー、ソーシャルワーカーをはじめ、病院スタッフや同じ依存症の仲間に言われたのは、「ありのままを認める」というものでした。
 人と比べることは、劣等感や優越感を生むだけ、自分を認めず違うものになろうとすることは、ありのままの自分を傷つけることであると。

 今年頂いた年賀状に、音楽に対して、「楽しく」とか「のびのびと」というお言葉が多かったです。
 毎週のオケの練習に修行にきているような印象を受けるとも言われたことがあり、「もっと気楽に音楽を楽しんで下さい」とその時言われました。「真面目すぎる」、「もっと心を開いて」とも。
 ピアノの先生にも「楽しんで」とよく言われます。

 私もその通りだと思うのですが、趣味や楽しみで音楽をやっているわけではないので、そういう気持ちになることがとても難しく感じます。
 私にとって音楽はいつも苦悩を伴うものであり、純粋に楽しいものではないのです。

 昨日も修行の気持ちで練習に向かったとき、最寄駅の交差点でスヌーピーのアップリケの付いた服を着た白い子犬に出会いました。一緒に信号待ちをしながら少し心の緊張が解けました。
 クリスマスプレゼントにスヌーピーの絵本をもらってから、何か悩んでいるとスヌーピーがやってきます。
 スヌーピーのトレーナーを着た人とすれ違ったり、スヌーピーのバッグを持った人が電車に何人も同乗したり、チャーリー・ブラウンのミスドの紙袋が道端に捨てられていたり・・・。
 多分、完璧主義の私に、「もっと気楽に」というメッセージだと受け取っています。

 あまり気を抜きすぎると芯のない音になってしまうし、気を力みすぎると響きのない音になってしまうし、その場その場に合った気持ちと身体の弛緩の切り替えを、もっと素早くできるようにしたいと思います。


 多分、自分に楽しむことを許していないのではないかと思います。
 常にがんばっていなくてはならないと思い込んでいるのだと思います。
 今、このブログを書いていて、そう気づきました。
 楽しむことへの罪悪感はどこから来ているのか、自分を休ませ労わることを、少しずつ考えてみたいと思います。
 それができたら、依存症の症状が少しは落ち着くかもしれません。
 そうしたら、音も少しは良くなるかもしれないと淡い希望も灯りつつ・・・。

 
 ラフマニノフも精神衰弱から自信を取り戻し、この第二コンチェルトを書きました。
 ハ短調の最終楽章の最後のマエストーソで、強奏でハ長調に転じる時、ティンパニの重要な一打があるのですが、ここは入魂して欲しいという期待をいただいたので、色々試しながら良い音を模索していきたいと思います。
 そして、本番にはラフマニノフと同化し、自分一人では生み出せないものを、オーケストラや会場の目に見えない力で昇華し、その域に達したいです。




練習曲目
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18
チャイコフスキー:交響曲 第2番 ハ短調 「小ロシア」 作品17



関連記事

[タグ未指定]
[ 2013/01/21 12:47 ] オーケストラ | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
全記事表示リンク
月別アーカイブ